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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場・人形師シン様(前)
きっかけは以前チャットでドール関係の話題になったことでした。ドールには全く詳しくないのですが、なにやらお人形の限定もののボディが一体数十万することなど珍しくない世界のようでビックリです(@@)で、あるドールのボディを作っているメーカーの名前がなんちゃら人形村(うろ覚え)とかいうらしいのですが、ワタクシは最初にその単語を聞いたときに人形を作ってるプロばかりが集まって毎日人形をせっせと作りながら暮らしている村かぁ…なんてステキな…(パアァ~☆)みたいなドリ~魔な感じを勝手にイメ~ジしたのですが、実際には単なる会社の名称で、村でもなんでもないようです。夢が壊れた!(--;)しかしその勝手に浮かんだイメ~ジと、和田慎二の漫画「ピグマリオ」の中の彫刻師バッコスのエピソードを元ネタに取り入れてひとつ妄想をこしらえてみました。↓







あるところに人々から「人形村」と呼ばれる集落がありました。そこに暮らしているのは人形を作ることを生業としている、いわゆる「人形師」と呼ばれる職人達でした。一体いつから人形師達がその土地に集まってきたのかは誰も知りません。しかし、その村に住んでいる人々は、大人から子供まで、一人の例外もなく人形作りに携わっている職人達だったのです。一度でも人形師を夢見る者は誰でも人形村の職人に弟子入りしようとその門戸を叩き、人形村の人形師達が作る人形は、他のどこでも手に入らないほどの出来の良さとして世に名高く、あちこちから品質の良い人形を求めて世界中のあらゆる人々が人形村を訪ねてくるほどでした。

さて、そんな人形作りのプロばかりが暮らす人形村でしたが、その中でも髄一、伝説の人形師とまで呼ばれる腕を持つ天才人形師がおりました。その名をジョミー・マーキス・シン。彼はある日ふらりと人形村に現れて住み着いたかと思うと、その人形作りの腕で一躍名を馳せました。彼は決して弟子を取らない、孤高の人形師として知られていました。皆が尊敬の意をこめて「シン」と呼ぶ彼の作る人形は、まさに人の魂が宿っているようだいうのが人々のもっぱらの評判でした。彼の作る人形はミュウをも魅了すると人々が噂するほどでした。ミュウというのは人間と違い、寿命が長くいつまでも若々しい外見を保ち、人間とは違った不思議な力とそれはそれは美しい姿を持つ存在であると言い伝えられておりました。人間界とミュウの世界とははっきり分かれており、人間達がミュウの姿を見られる機会と言うのは殆どありませんでしたが、ミュウの存在自体は人間達にはよく知られておりました。そのミュウ達ですらきっと魅せられるであろう人形の数々…。シンの人形は、それほどまでに他の人形師の誰にも追随を許さぬ素晴らしい人形達だったのです。

シンは物心ついた頃からものを造ることにとても長けており、さまざまな職人に弟子入りをしながら放浪していたのですが、人形造りに自らの価値を見出してからというもの、この人形村に腰を落ち着けるようになったのです。腕の良い人形師達ばかりが集まるこの村でも、シンの腕は抜きん出ており、天才の名にまさにふさわしいものでした。

「シン」の作る人形が素晴らしいばかりでなく、シン自身もそれはそれは美しい青年でした。手足が長くバランスの取れた長身、切り揃えられた輝くばかりの黄金の髪、整った顔立ちの中に光る、翡翠のように深い碧色の瞳。それはまるでシン自身が丁寧に造られた一体の人形のようですらあったのです。シンの外見を見た者は、シンはまるでミュウのように美しい、と噂したものです。シンに人形作りを依頼する金持ちの中には、シン本人に興味を見せる者も数多くおりました。しかし、シンは人形を作ること以外には全く何も興味を持たず、基本的に他人を寄せ付けない変わり者として通っておりました。シンの関心ごとはといえば、いかに完璧な人形を作るかということだけで、その他のことは全て二の次だったのです。しかし人形村の人形師達は、程度の差こそあれ偏屈な変人が多かったため、シンは他人の目を全く気にすることなく朝から晩まで人形作りに没頭できるのでした。

それほどに評判の高い職人でしたから、シンは客選びに関しては非常に尊大で、シン本人がこうと見込んだ客しか取らないという噂でもありました。天才人形師の名を欲しいままにする彼は、ただ金にあかせて「シン」の作った人形をコレクションし、他人に見せびらかしたいというような虚栄心の強い客の注文は、どれほどの金額を積まれようとも引き受けることはありませんでした。それなりに人形に思い入れのある客、シンの人形作りの職人としての琴線に触れるような注文のみを引き受けていたのです。当然シンに人形を頼むには報酬もかなりの高額で、滅多やたらな一般人にはとても手にすることは出来ませんでした。「シン」の人形を所持することは、多くの人形コレクター達が一度は願う夢でした。土の質からこだわり(人形村の土地は、人形造りにとても適した土壌でした)一体一体手で焼き上げた陶器のボディ、特別の上薬をかけられた肌はしっとりとした質感を持ち、その長い指で時間をかけて丁寧に描かれた複雑な表情は、シンのこだわりを込めて作り上げたガラスの眼球の深みのある色合いと相まってそれはそれは優雅な雰囲気に満ち満ちており、まるで生きているかのような、思わずその生命の息吹を感じてしまうような、そんな超一流の美術品ばかりでした。そのような状況でしたから、シンはあくせくと生活のために人形を作る必要は全くなく、気が向いたときに気が向いた客からの注文を受けては、それはそれは素晴らしい人形を世に生み出してきたのです。



そんなある日、新しい客が人形村のシンの元を訪れるのです。シンは一度人形作りに没頭すると寝食を忘れてのめりこむたちでしたが、その日はたまたま注文の人形を仕上げて引き取りに出したばかりでもあり、シンも一息ついていたところでした。一体一体に大層な値がつくシンの人形ですから、一つ売れればしばらく遊んで暮らせるほどでしたので、シンはあまり沢山の注文を受けない主義でした。気に入ったものをじっくりつくるのがシンのやり方です。そして空いた時間には常に新しい人形のアイデアを模索するのが常でした。シンの人形を買いたいという客は山のようにおりましたが、そのような注文の中からシンはまさに気が向くままに気が向いた客の人形を作るのです。

時は夜もとっぷりと暮れた頃、次回作の案を練りながら既存の客の注文リストに目を通していたところ、二人の人影がシンの工房に現れました。奇妙なことに、客の一人は頭からすっぽりとフードつきの外套を被っており、フードの中を覗き込もうとしても真っ暗で顔が何も見えません。先程述べたように、この人形村には世界中のあちこちから客がやってくるため、高貴な身分を隠してお忍びで訪ねてくる客も少なくありませんでしたから、その客の怪しげな様子にもシンはもう慣れっこでした。もう一人はどうやらお付きの従者のようです。従者の立ち居振る舞いの様子を伺うに、主人であるその客はかなり位の高い人物であると察しがつきました。

従者らしき人物は、シンの工房に入ると、落ち着かなげにあたりをうろうろと見回します。それもそのはず、シンの工房はそれほど大きくはありませんが、人形の手足やボディ、頭や目玉がごろりとあちこちに転がっているのです。ここは人形村ですから、どこの工房に入っても似たり寄ったり、珍しくもない光景です。しかしあまり馴染みのない人には気味が悪く感じられるのかもしれません。それに対し、フードを被った人物の方は、シンの腕を値踏みするかのようにさまざまな部品の転がる棚を眺めているようです。といってもその顔はフードに隠されているので、その顔が一体どのような表情を作っているのかはシンにはサッパリわからないわけですが…。

夜遅い時間とはいっても勿論シンの就寝時間からは程遠い時間帯ではありましたが、せっかく新しい人形の構想を練ろうとしていたところに邪魔が入り、思考を中断された職人気質のシンはいかにも不機嫌そうに客に声をかけました。天才の名を欲しいままにするシンの人形を喉から手が出るほど欲しがっている客は山のようにいるのです。その中のたかが一人の客の機嫌を損ねたとて、シンにとっては痛くも痒くもありません。

「人の家にこんな時間にやってきて、何か用ですか。いくら客だからといっても随分非常識な時間帯だ」

シンのぶっきらぼうな言葉に、従者らしき人物がはっとした様子で初めてシンの方に向き直ると、多少焦った様子でシンに返事をします。従者は思ったよりも整った顔立ちで、人の良さそうな好青年でした。

「夜分に押しかけて申し訳ございません。僕の名はリオと申します。こちらの方は僕の主人なのですが、貴方の噂を聞いて、是非貴方に人形の製作を依頼したいと…」

リオと名乗る青年の言葉をシンは鬱陶しそうに遮ります。

「悪いけど、注文なら間に合ってます。わざわざこんな時間にやってくる無礼な客の注文など、受ける義務はないですよ。非常識極まりない」
「遅い時間に不躾な訪問はお詫びいたします。ですが、主人はあまりおおっぴらに外を出歩くわけにもいかない身分ですので、なるべく人目につかない時間帯を選ばせていただきました」
「お忍びでの注文というわけですか、この村では別に珍しくもない。それはどうでもいいですけどね。どんな注文か知りませんが僕は引き受ける気がしないと言っているんです」
「そこをなんとか…っ!貴方の評判を見込んで遠くからわざわざやってきたんです。勿論報酬はお望みのままに幾らでもお支払いします」
「貴方の主人がどんな金持ちかは知りませんが、僕は別に生活のために人形を作っているわけじゃないんで。どれほど金を積まれようとも受けたくない注文は受けません。では、ごきげんよう」

ぴしゃりと叩きつけるように断り、シンは二人に扉の方を指し示しました。それで会話は済むと思っていたのですが、従者らしき人物は食い下がります。

「お幾らでも構いません、どうかお願いします」
「金の問題じゃないんですよ、見くびらないで頂きたいですね」

すると、それまで黙っていた、フードを被った人物が初めて声を発しました。

「金の問題ではないというのなら、一体どのような注文内容なら受けて貰えるのか」

多少くぐもってはおりましたが、シンが思っていたよりも若い男の声でした。背はシンとほぼ同じくらい、黒い外套に覆われたその体つきもシンとそう変わりはないようです。少々意外な気がして、シンはフードを被った主人の方を見やりました。

「僕は他の誰にも作れないような人形を造りたいんです。金のためにただ個性のない人形を作り続けるのには御免こうむりたい」
「それならば、この注文を受けることは君にとって悪い話ではないと思うが」
「どういう意味ですか?」

シンは初めて興味をそそられ、フードの男に挑戦的に向き直りました。

「僕が君に作ってもらいたいと考えている人形は、それこそこの世できっと誰も作ったことのないような人形だ。そのような人形を君に作ってもらいたい」

この世で誰も作ったことのないような人形…。客の声は淡々としていましたが、シンの天才人形師としての矜持をくすぐるのには十分でした。シンはしばらく客の言葉を吟味するように考え込むと、作業机の椅子を客に初めて勧めました。

「…話くらいは伺いましょうか」





一ヵ月後、同じ客が同じ従者を連れて再度シンの工房を訪れておりました。やはり同じ黒いフードの外套をすっぽり被った客と、人の良さそうな従者の青年とがシンの工房でシンが出てくるのを待っています。

「お待たせしました」

シンが奥から出てきました。

「注文した人形が完成したとの知らせを受けたのですが…」

従者が期待に溢れた面持ちで早速シンに切り出します。

「ああ、例の人形なら出来ましたよ。こちらです」

シンは工房の棚の一つに近付くと、覆い布のかけられた物体の方へと客と従者を誘導します。従者の様子とは裏腹に、無愛想な客は一言も言葉を発しません。まあ完成した人形を見れば客の感嘆の声を聞くことができるだろうとシンは内心ほくそ笑みました。なにしろシンは天才なのです。今まで作った人形が客を満足させなかったことなど一度だってありません。

「お気に召していただけると思いますよ」

客と従者が並んで棚の前に立ったところで、シンはかけられた布を引き剥がし、人形を二人に披露しました。

「おぉ…!」

従者の口から思わず感嘆の呟きが漏れます。それほどにその人形は美しいものでした。それは眩いばかりの長い黄金の髪を持った女性の人形でした。まさに白磁のような白い肌にはほんのりと薄く紅が乗り、本当に血が通っているようです。閉じられた瞳はやはり髪と同じ黄金の睫で縁取られていましたが、髪に比べて多少暗めの色合いで、まるで伏せられた瞼の下の瞳が今にも現れるかのよう。目を閉じた人形の表情は女性らしくたおやかで、まるで聖母のように神々しい微笑みを湛えておりました。

「素晴らしいですね…!さすが、天才と誉れの高いシン、期待を裏切らない出来です。まるで生きているかのようだ」

興奮に頬を紅潮させた従者の賞賛の言葉を聞きながら、シンは肝心の客の反応を自信たっぷりに待ちました。天才シンの作った人形を目にする機会は余程の金持ちであってもそうそうありませんでした。どのような平凡な人形であっても、客はひれ伏さんばかりに喜ぶのです。そのシンがそれこそ夜もろくろく眠らずに精魂こめて作り上げた人形です。気に入られないわけがありません。

「……」

客は一言も発さぬままに飾られた人形を見つめています。人形の美しさに心を奪われて声も出ないのでしょうか。そこまで喜んでもらえれば頑張っただけの甲斐はある。とシンが思ったそのとき、客が顔の見えないフードの中からシンに声をかけました。

「借りるぞ」

シンの返事を聞く前に客が手にしたのは、人形の本体の陶土に混ぜる様々な鉱物を砕くための重い金槌でした。シンは新しく人形を作るたびに陶土の配合を変え、その都度注文に一番適した肌の色合いを表現するのです。ある人形は太陽の光を沢山浴びたような健康的な浅黒い肌、ある人形はしっとりと肌に吸い付くような艶かしい肌。今回の人形を作るために、シンはありとあらゆる鉱物を試してみては肌の試作を繰り返したものです。そのときに使った金槌が、片付けられないまま作業机の上に出しっぱなしでした。

客はそれを手に取ると、金槌を大きく振り上げ…

(ガシャーーーン)

なんと、シンが精魂こめて作った力作の人形を力任せに一気に叩き割ってしまったではありませんか!

「なっ…」
「何をするんだ!!」

従者とシンがあまりのことに息を呑んだのは同時でした。こんなことはシンの人形師としての人生で生まれて初めてのことです。特に従者は自分の主人の反応を全く予想もしていなかったのか、衝撃に口も聞けない様子でした。我侭な客に慣れているシンは従者よりいち早く我に返りましたが、目の前に散らばる人形の欠片を目の当たりにして呆然としてしまいます。

「気に入らない」
「…!!」

客は興味も無さげにそう言って手にした金槌を床に放り投げます。ガツン、と床に投げられた金槌の重みが人形の破片を更に押しつぶします。

「リオ」
「は、はい!」
「金を」

自分の主人に声をかけられ、それまで衝撃で口を開けっ放しだった従者が慌てて振り返り、懐に手を入れると金の入っているらしい袋を客に渡します。客は手渡された金袋をそのまま無造作にシンの机の上に放り投げました。そのずっしりとした重みのある音からして、中身は金貨のようでした。贅沢さえしなければ、向こう数年間は遊んで暮らせるほどの量です。しかし、シンの目の中には金の袋などまるで映ってはおりません。この天才の自分が丹精込めて作り上げた人形が、客の気に染まないだなんてありえない出来事です。砕け散った人形を目の前にして、シンは全身の血の気が引く思いです。口も聞けないシンに、客は冷たく告げました。

「今回の手間賃だ」
「どういう…」
「作り直せ」

それだけ言うと、客はシンの方には見向きもせずにふいっとシンの工房から出て行ってしまいました。

「あ、あの、それでは新しい人形が出来たらまたお知らせ下さい」

慌てた従者は非常に済まなそうな顔をシンに向け、そしてあたふたと自分の主人の後を追って出て行きました。その場に取り残されたシンは、あまりの成り行きに呆然として、粉々に砕け散った人形の欠片を眺めておりました…。


☆続く☆
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