今回のネタはアメリカのドキュメンタリー番組「UndercoverBoss」のエピソードが下敷きになっております。なので多少脚色はしてありますが、今回はほぼ実話に基づいたスト~リ~。お花屋さんネタですから、全体的にほのぼのになる予定です~だってホラ、ほのぼのはワタクシの真髄でございますからしてヲホホホ(^。^)ノ☆
シャングリラ・フラワーズは、全国各地に店舗を持つ、全テラ最大のフラワーショップです。フラワーショップ業界で初めてオンライン注文&配達を手がけた先駆けでもあり、今ではやり手の経営手腕のおかげで押しも押されぬ業界ナンバーワン。
そんな大企業の会長室。さすがフラワーショップの会長室、デスクの上にも美しいフラワーアレンジメントがさりげなく飾られています。が、その上で交わされる応酬はなんとも大人気ない感じです。
「貴様などにできるものか」
「君にそこまで言われたら引き下がれるわけがないだろう。やってみせるさ」
「自分の手を見てみろ!銀のスプーンより重たいものは持ったことがありませんというか弱さではないか。そんな役立たずがシモジモの奴等に混じって下働きなんかできるものか」
「あの、社長…それはいくらなんでも言い過ぎでは…」
「貴様は黙っていろ」
「…」
辛辣を通り越して横暴な台詞を吐き続けるのは、シャングリラ・フラワーズの社長、キース・アニアン。そして、言いたい放題言われているのはなんと、シャングリラ・フラワーズの会長であるブルーでした。その二人を脇でおろおろしながら見守っているのは、社長秘書のマツカです。社長と会長の2人、見た目こそ似ても似つかない風貌をしていますが、実は従兄弟同士。フクザツな家庭の事情のおかげでひん曲がった性格になってしまったキースですが、根は悪い人間ではありません。亡くなった祖父の花屋を引き継いだブルーがある日経営を共にやらないかとキースの元を訪れて以来、この凸凹経営コンビはなかなかに呼吸の合った関係を築き上げているのです。あっという間に会社を全テラチェーンまでのし上げたこの実績が良い証拠。キース社長は会長であるブルーに暴言吐きまくりですが、ブルー会長は気にも留めていない様子。
「君がなんと言おうが、やるものはやる。明日から僕は下っ端の見習い店員さ」
経営の手段は確かに敏腕で、小さな家族経営だった花屋を引き継いでここまで大きくしたブルー会長です。会長という自らの身分を隠し、自社の一番下っ端として働きながら、会社の現状や問題点を探ろうという、その発想自体は確かに奇抜で素晴らしいものです。シャングリラ・フラワーズがここまで成長したのは、全てブルー会長の頭脳があってこそ。それにどちらかというと体の弱いブルー会長の代わりに、対外的な会社の「顔」として活発に活動してきたキースには替わってやれるものではありません。社員達にあまり顔を知られていないブルーは確かに適役です。しかし、敏腕経営者といっても全ては会長室や会議室での議論やプレゼンで全てを切り回しているブルーに、肉体労働が勤まるとは思えません。部下の誰かにやらせれば良いのでは…というキースの案は、「自分自身で体験できなければ意味がない」というブルー会長の一言であえなく却下。一度言い出したら頑固で絶対に引かないブルー会長のこと、キース社長も説得を諦めて好きなようにさせてやるさ…と会長室を出て行きました。
バリっとしたスーツを脱ぎ捨て、マツカに量販店で購入させたTシャツとジーンズに着替えるブルー会長は心なしか楽しそうです。こんな経験は滅多に出来ないし、十二分に楽しもうと、高級ホテルの代わりに家具つきのウィークリーマンションも借りました。イメージトレーニングというやつです。勿論見習い店員の時給でやっと払えるようなボロボロの安普請。ブルー会長はどう見てもいいところのお坊ちゃま風情ですので、怪しまれないようにそれっぽい経歴も考えておかなければなりません。自営だったが自分の会社が負債を抱えて倒産してしまい、当座の金が尽きる前にとにかく仕事を見つけなければいけない、知り合いのコネでやっと雇ってもらった、という設定です。潜伏期間中は絶対に自分の邪魔をしないようキースに言い含め、ブルー・オリジン会長はブルー・スミスと苗字も偽名を使い、幾つかの店舗で見習いとして潜り込むのでした。
最初の潜入先は、アルタミラ・シティに半年前にオープンした新しい店舗です。高級住宅地という立地条件の上に、近辺にはライバルの同業者の店は皆無。大きな売り上げを見込んで、店も大規模なものにし、内装にも高級感を持たせるよう予算を割きました。それなのに、何故かなかなか売り上げが上がらない店舗なのです。その原因を是非とも探る必要がありました。
「貴方がブルーさんですね。せっかく来てもらっても、接客の経験などはこのお店では積めないと思うけど…」
店長の名はエラ女史といいました。わざわざ著名なフラワーアレンジメントのベテランを引き抜いて店長にしたのです。彼女の作る花束やアレンジメントはその性格を現すように丁寧で繊細、しかし店の中には殆ど客がいません。オープン当時はエラ女史以外にも数人のスタッフがいたのですが、なにしろ客が来ないので最近ではエラ女史のみがフルタイムのスタッフとして残っています。
「毎日こんなものだから、好きにしていていいわよ」
エラ女史の言う通り、閑古鳥を見事に絵に書いたような静けさです。見習いといっても客が来なければ殆ど手伝うことがないので、ブルーは床を掃いたり棚を磨いたりする他にやることがありませんでした。しかし几帳面なエラ女史の管理する花屋はもともと綺麗に保たれているのでそれすらも10分ほどで済んでしまいます。花の世話を手伝おうにも、客が来なくてヒマなのでエラ女史が一人で全ての仕事を済ませてしまうのです。
「結局のところ、シャングリラ・フラワーズの名前が邪魔をしているのよね」
上品な店だし、沢山の種類の花が揃っている。その上、エラ女史はアレンジメント歴30年という、花に関してはプロ中のプロ。あたりには競争相手の花屋もないのです。それなのに何故客が来ないのだろうというブルーの疑問に、エラ女史は花の水切りをする手を休めず、どこか諦めたような面持ちで答えるのです。
「シャングリラの名前が邪魔を…?それはどういう意味ですか?」
「名前が知られすぎていて、オンラインショップというイメージが定着してしまっているの。このあたりに住んでいる人達はお金持ちが多いでしょう。だから、そういった軽いショップで花を注文したくないという気持ちがあるのだと思うわ。それに、やはりオンラインのイメージが先行しているせいで、ちゃんとお店に入って実際に花を見ながら注文できる普通の花屋さんだってことが知られていないのよね。だから皆素通りしてしまうのでしょう。一度でいいからちゃんとお店を覗いてもらえればイメージが変わると思うのだけれど…」
シャングリラ・フラワーズがここまで大きくなったのは、ひとつにはブルー会長の「これからの時代はオンライン!」という先見の明のおかげでした。しかし、そのイメージが却ってマイナスになることもある…。ブルーは考え込まざるを得ませんでした。
「この地域の住人達にこのショップを知ってもらう手は何かないんでしょうか」
「そうねぇ…地元のマーケットと契約して花を卸すとか、地域のイベントに花を出すとか、出来ることはあると思うのだけれどね」
「では、何故それをしないんです?」
「本社に一度掛け合ってみたことがあるんだけど、そんな前例の無いことを勝手にするんじゃないって逆に叱られてしまったわ。全く本社のおエライさんは頭カチコチなんだから」
「…」
ブルーの記憶によれば、この店舗の本社での管轄はゼルという老人でした。エラ女史のアイデアは保守的な彼には受け入れられなかったのでしょうが、この店舗の現状を見れば放置しておくわけにはいきません。色々課題がありそうです。ブルーは心の中で沢山のメモを取りました。
次にブルーが見習いとして潜入したのは、花屋の店舗ではなく、ナスカ・シティにあるチョコレート工場でした。女性へのギフトにはお菓子がつきものです。シャングリラ・フラワーズでは花のみでなく、チョコレート・キャンディやカード、様々なミニギフト商品の展開もしておりました。チョコレートは自社で製作されており、華やかな花屋の店舗を支えるいわば裏方です。ブルーが入ったのはそんな現場の一つ。ベルトコンベアーに乗せられて、チョコレートでコーティングされたばかりのキャンディ達が山のようにごろごろと転がってきます。
「アンタ随分細い腕をしてるねえ。こんな仕事で大丈夫なのかい」
「そ、そうでしょうか…」
「ま、何事も体験だ。一通りやってみな」
ブルーの仕事は、ベルトコンベアーの端っこに置いてあるダンボール箱が満杯になる前に空っぽの新しい箱に交換し、一杯になった箱の蓋をテープで閉め、仕出しの列に並べること。箱はそのまま同じ工場内の包装セクションに送られ、個別包装されて出荷されるのです。
「アタシはしばらくフロアの反対側を見回ってくるから、アンタはここで頑張りな」
一通り作業を実演しながら説明してみせたスーパーバイザーのブラウは、そう言ってバンと景気良くブルーの背中を叩くとどこかへ消えてしまいました。言うだけなら簡単ですが、なにしろチョコレートキャンディーで一杯になった箱は重いのです。ろくに力仕事をしたことのないブルーの腕はすぐに痛くなり、満杯の箱を床の上でずらすだけで青息吐息。それに慣れないブルーには、蓋のテープ貼りの作業すらスムーズにこなせません。見ているだけならとても簡単に見えた作業なのに、みるみるうちにブルーの前には床にこぼれてばら撒かれたキャンディが散乱し始めました。しかしベルトコンベアーを止める方法すらブルーには分からないのです。
「ど…どうしよう…」
冷や汗をかきながら青くなったり紅くなったり、容赦なくどかどかと流れ落ちてくるキャンディを目の前にしてブルーはパニックで半泣きです。高層ビルの最上階のガラス張りの会長室では大胆な経営戦略を重役達の前で怖気づくことなく展開するブルーですが、そんな知識が一体この場で何の役に立つでしょう。自分は一つもまともに仕事ができないではありませんか。ブルーは情けなくて涙が出そうでした。
「おやおや、大変なことになってるみたいだね」
しばらくして様子を見に来たブラウが、目の前の惨状にさすがに眉をひそめました。それはそうでしょう、持ち上げられない程にキャンディが詰め込まれた箱、床に散らばるキャンディ、半べそをかいたブルー。
「す、すみません!箱が重くてうまく持ち上がらなくて…どうしたらいいですか!!」
「ま、落ち着きなって。アタシが来てやったからには全部うまくいくからさ。アンタ、そこの空箱取って来ておくれよ」
「は、はい!」
不思議なことに、ブラウが一言「落ち着け」と穏やかに言ってくれただけで、今まで慌てふためいていたブルーは自分もすっと頭が冷えるのを感じました。どうしてくれるんだ!と怒鳴られても仕方のないところなのに…。ブラウは人を使うのが大層巧いのでしょう。この対人スキルは会社にとって貴重な財産です。ブラウは一言もブルーを責めることなく、さっとその場を片付けてブルーにてきぱき指示を出しながら箱詰めの作業を再開しました。
ブラウが手伝ってくれてせっせと作業を続けたおかげで、二人はノルマの1100箱より更に多い、1200箱ほどを積み上げることができました。
「よくやったねお疲れ様!アンタのおかげで今日はノルマをオーバーできたよ」
自分の仕事を増やされて叱られてもしょうがないところなのに、役立たずの自分をねぎらってくれるブラウの器の大きさにブルーは非常に感銘を覚えます。
「ノルマを越えると何かボーナスが出るんですか?」
「ボーナス?そんなもん出やしないさ、ご褒美に工場長がポテトチップスを一袋くれるけどね」
「そうなんですか…こんなに辛い肉体労働なのに…」
「?何沈んでんだかしらないが、今日の仕事はしまいだよ。アタシはポテチを貰ってくるよ、アンタも食うかい?」
「はい…」
こんなに辛い仕事を来る日も来る日もこなしているのに、せっかくノルマ以上をこなしても全く何の褒章もないなんて。従業員にやる気を持ってもらう方法がもっとあるような気がブルーにはしていました。そしてその後数日日頃の運動不足が祟って酷い筋肉痛に悩まされたブルーでした。
ノア・シティの店舗はオンライン発注専門店。地元客向けにオープンな店ではなく、ネットを通じて注文を受けたアレンジメントを作成し発送するのです。
「シャングリラのネットカタログに載っているアレンジメントは全部覚えているから、もう写真を見なくてもそらで作れるわよ」
口は喋りながらもフラワー・デザイナーであるミシェルの白い手は流れるような動きでどんどん花を花瓶に活けていきます。一日にミシェルの手で20個程のアレンジメントが作られ、発送されているとのこと。ミシェルのやり方を見ながら、ブルーも隣で同じアレンジメントを真似て作ってみるのですが、やはりどうしても同じようにはいきません。同じ花を同じ様に切り揃えて同じように花瓶に差し込んでいる筈なのに、カタログの写真とは似ても似つかない、我ながらとてもガッカリな出来です。ミシェルにも苦笑されてしまいました。
「貴方、この仕事あまり向いていないんじゃないかしら…と言いたいところだけど、まあ生活がかかっているんじゃしょうがないわね。とにかく数を沢山こなすことが上達のコツよ、頑張りなさい」
「ええ、見てる分には簡単そうですが自分でやるとなると難しいものですね…それにしてもアレンジメントを全部覚えるなんて、凄いですね。このお仕事、よほどお好きなんですね」
「まぁねぇ…確かにこの仕事は性に合ってるけど、正直飽きてきているところなの」
「?何故ですか」
「だってシャングリラのフラワーデザインって、古臭いんですもの」
「…」
意外な意見に、ブルーは思わず押し黙ってしまいました。実を言うと、ブルーはあまり自社のカタログのアレンジメント自体にそれほど注意を払ってはいなかったのです。ブルーにとって花はどれも普通に綺麗に見え、形やデザインを気にしたことは今まで一度もありませんでした。そんなブルーに、ミシェルの意見は非常に新鮮に響きます。
「知ってる?シャングリラのカタログに載ってるデザインって、10年前から殆ど変わってないのよ。毎年多少使われる花は多少変わるんだけど、基本の形とか、色合いとか…全然変化がないの。保守的すぎるっていうかね」
「そうなんですか…」
「勿論クラシックなデザインだって悪くないわよ?でも、若い人にはつまらないと思うのよね。もう少し流行を取り入れたデザインもあっていいと思うのよ」
シャングリラ・フラワーズの本社デザイン部リード・デザイナー二人の顔を思わずブルーは思い浮かべました。ハーレイとマードックの二人の作るアレンジメントはその品の良さに定評があるものの、確かにそう斬新なデザインを作り上げるタイプには思えません。引き換え、ミシェルは身だしなみも洗練されていていかにもトレンドに敏感そうな今風の女性です。そんな若く瑞々しい感性がこれからのシャングリラには必要なのかもしれません。
「カタログに載ってるデザインを作るだけじゃつまらないから、毎年数回開催されるフラワー・ショーに出かけて色んな新しいデザインを見るのが楽しみなの。」
「それは会社がお金を出してくれてるんですか?」
「まさか!そんなの本社が出してくれるわけがないでしょう、自腹に決まってるじゃない。色んなデザインがあって面白いのよ。ほら、そろそろハイスクールの卒業ダンスパーティーのの時期じゃない?それにあわせて、花で作ったお洒落なブレスレットが幾つか出品されてたんだけど、それが凄くステキだったの。シャングリラももっとそういう新しい試みに目を向けるべきだと思うのよね。だから時々余った花で自分でも新しいアレンジメントの試作品を作ってみたりしてるのよ」
本社からお金が出ないなんて、そんなわけがない!シャングリラ・フラワーズには実はちゃんとデザイナー研修やサポート支援費用の予算が割かれており、希望があれば必要に応じて申し込める筈なのです。ブルーは喉まで出掛かりましたが、たかが一見習いの店員がそんな内部事情を知っていては不自然です。今は口を出してはいけない、とぐっと我慢しました。せっかく会社で色々とスタッフ育成システムを整えていても、そういう情報が店舗のスタッフにきちんと伝わっていないのでは全く何の意味もありません。本社と個々の店舗の間にある溝をどうやって埋めるか…。社内の情報伝達に関してもいろいろと改善の余地がありそうです。
「…ここがアタラクシア店か…」
数店舗を回って様々な体験をしたブルー会長は、最後の店舗の前で足を止めると、「今月の旬の花はチューリップです!大切なあの人にいかがですか?」と小さな黒板に手書きで書かれたサインを眺めました。
実はこの店こそがブルーの今回の体験の一番の目的でした。この店舗は他の数あるシャングリラ・フラワーズの店舗に比べて決して大きくはありません。エラ女史のいたアルタミラ・シティの店舗に比べると半分、いや三分の一くらいの広さしかない筈なのです。それなのに、このアタラクシア店舗は全テラのシャングリラ・フラワーズの店舗の中でを群を抜き堂々トップの売り上げを毎回毎回叩き出す、なんとも不思議な店舗なのです。こうして外から見れば、何の変哲もないこじんまりとした花屋にしか見えません。
車の中で観察するからに、この街は特に高級住宅地でもなんでもなく、郊外にある普通の住宅地。アルタミラ・シティなどの大都会に比べると地価も安い分、平均収入はかなり低い筈。店のスタッフだって、沢山いるわけではありません。店長とあとはバイトが二人だけ。しかもこの店の店長は、最年少の19歳。それだけでも驚きなのですが、とにかく条件だけを考えたら決してそれほど売り上げる程の要素はどこにも見当たりません。今回シャングリラ・フラワーズの全店舗の業績を洗い直してみたのですが、このアタラクシア店舗の売り上げの不思議は、どのようなマーケティング理論をふりかざしてみてもどうしてもブルーには解明できませんでした。なのでこうして実際に働いてみることで、一体この店舗の売り上げの秘密はどこから来るのか、そして学んだことを他の店舗にも生かせればという気持ちで、他の店舗はそれぞれ一週間ずつ見習い期間を設けたのですが、アタラクシア店舗では3週間滞在する予定になっています。
一体この店の業績の秘密はどこに隠されているのか…。ブルーは逸る気持ちを抑えながら、綺麗に磨かれたガラスのドアを引きました。
~続く~
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