ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場・堕天使ブルー様
堕天使シン様を妄想したときに、ついでに逆バージョンで考えてみたブツです。どんな設定も、必ず逆バージョンで考えてみるクセがついているアマノジャクなASIAさんですこんにちは。ただ、同じ設定を逆バージョンで考えてみたところで、必ずしも同じような感じに仕上がるわけじゃないんですよね。今回は文末の口調からして違う!(←今気づいた)で、堕天使なシン様に比べて堕天使なブル~様はあまりパンチが効いていなくて、まあほのぼの話な感じです(しかもあまりおもちろくない)だからアイデアだけメモして放り出してあったんでした。敗因は多分ブル~様に「いつものアレ」つまり暗い過去がなくって、いわゆるワルイ人じゃないからじゃないかなと思います…。イマイチ気に入らない仕上がりなんですが、まあ今回は最後まで仕上げたという事実が大事なのであって、他のことは二の次です(オイ)

あとちなみにブル~様のいる場所は、昔高河ゆんの「子供達は夜の住人」っていう漫画の冒頭がこんな感じの情景だったんですよね。漫画自体には特に思い入れはないですが…。


どんなつまらんブツでもとりあえず読んでみるかっていう心優しい方のみ↓ドウゾ~♪
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天界というところは、あらゆるものが白く完璧な世界でした。磨き上げられた床、染みひとつない壁、家具にシーツに、天界に住まう者達の着ている服ですら何もかもが白く、しかし誰も疑問など持つ者はおりませんでした。天界の住人達の日々の暮らしはその心身の全てを天界の支配者グランド・マザーに掌握されており、彼らは押しなべて従順で疑問を持つということをしない生き物達でした。

天界に住む者たちは天使と呼ばれておりますが、14歳になると『目覚めの日』と呼ばれる日を迎えます。『目覚めの日』に天界の子供達はグランド・マザーに一対一のお目通りが叶い、そうして儀式を終えて一人前の天使になるのです。

ジョミーはあと少しで目覚めの日を迎えようとしている、まだ子供の天使でした。目覚めの日を迎えるまでの天使の子供達はまだどちらかというとあどけなく、成人した天使達に比べると多少の好奇心を持ち合わせているものですが、ジョミーはその中でもひときわとびきりに好奇心の強い子供の天使でした。天使の子供達は、なかなか室外に出されることがなく育てられるのですが、ジョミーはいつも部屋の中で遊ばされるのを嫌い、子供達ばかりが集められている建物から抜け出しては天界の探索をするのが好きでした。

天界というところは、沢山の建物がまるでドームのように建てられて作られているのですが、都市の周辺をぐるりと垣根が囲い、その外はとにかく地平線見渡す限り一面に薔薇園が広がっているのです。当然都市を出ることは禁忌とされています。天使達は定められた規則に対しては恐ろしく従順ですので、そんな子供だましの垣根ひとつで囲まれているだけだというのに、薔薇園に一歩でも踏み出そうという者はおりませんでした。他の天使の子供達を誘っても、禁忌を犯して外に出るなど夢にも考えない者達ばかり。面白みのない建造物が並んでいる閉塞感に満ちた世界に飽き、開放された空間を求め、ジョミーは一人でこっそりと都市を抜け出すのが常でした。都市を囲む境界を越えればそこには人っ子一人おらず、ただひたすらに延々と沢山の花が咲き乱れているのです。規則を破って外へ出るような天使などおりませんので、当然監視の目などありません。何もかもが白い天界の薔薇ですから、咲き乱れるそのどれもが純白の薔薇でした。それも非常につまらないものだとジョミーは思っていたのですが、毎日毎日建物の中で過ごさせられるよりは、とにかく囲いのない外にいたほうがまだ気が紛れたので、彼は延々と続く薔薇を愛でながら外で一人で遊ぶのが常でした。

ある日ジョミーは、視線の届くどこまでもに咲き乱れる薔薇を眺めながら、ふと、一体この薔薇園はどこまで続くのだろうと疑問に思いました。都市から出ることすら考えもしない天使達ですから、天界の外に出たものなど当たり前ですが誰もおりません。ですので、他のどの子供達に聞いても、何故そのような疑問を持たなければいけないのか、それ自体が分からないというような顔をされて首を傾げられるばかりでした。

「天界の外には何があるの?」
「ぐるっと囲いがあって、その外には薔薇が咲いているんだよ」
「うん、それは知っているよ。だけどあの薔薇は一体どこまで続いているの?その外には何があるの?」
「ジョミー、何故そんなことが知りたいの?きっとどこまでも薔薇が続いていて、それだけよ」
「どこまでも続いているって、どうしてなのかな」
「ジョミー、そんな理由を知る必要はないのよ。グランドマザーのおっしゃるとおりにしていれば何もかも間違いないんだから」

大人よりも好奇心の強い子供達でさえこうなのです。大人の天使達に聞いたところでジョミーの満足するような答えは得られないのでした。

ある日ジョミーは「今日はとにかく歩けるだけ歩いてみて、この薔薇園がどこまで続いているのかこの目で確かめてやろう」と思い立ちました。都市の西に向かってどこまでもどこまでもどこまでもジョミーは歩きました。しかし、結局どこまで行っても薔薇園は続き、空の景色も周囲の景色も全く変わることはありませんでした。さすがに諦めてジョミーは都市に戻りました。皆の言うとおりなのかもしれません。次の日、ジョミーは都市の東に向かってやっぱりどんどん歩いていきましたが、結果は同じでした。その翌日は西に出発しましたが、やはり同じことでした。

さすがに諦めかけたジョミーですが、次の日は北に向けて歩いてみました。すると、しばらく歩いていくと、急に地平線のあたりになにやら紅く色が見えてくるのです。何もかもが白い天界なのに、そこだけ血のように色づいているのです。

「なんだろう」

紅い地平線に辿り着いてみると、なんとそこまで白い花しか咲いていなかった薔薇園の薔薇が、そこらで全て紅い薔薇に取って代わっているのです。ぐるりと円を書くように、そこだけ大きく丸く切り取られたかのようにそこには紅い薔薇だけが植わっていました。いつになっても決して日が暮れることのない天界だというのに、紅い薔薇の植わっているその一角だけ、まるで夜のようにほの暗い感じでした。(こんな場所、初めて見た…)天界はとにかくどこもかしこも白いばかりで、特に花に関しては白い花しかどこへ行っても見かけることがありませんでしたので、生まれて初めて見る紅い薔薇に、ジョミーは大変驚き、感心しながら花のひとつひとつを眺めて歩きました。

「そこに、誰かいるのかい?」
「…えっ?!」

急にどこからか、人の声がしてジョミーは腰が抜けるかと思うほどに驚きました。だって、天界の外の薔薇園です。今まで誰一人として人の姿をどこに見かけたこともなかったのに、何故ここには人がいるのでしょう。声の聞こえてきた先を探すと、紅い薔薇の咲き乱れる中、そこには鉄格子で囲まれた、まるで大きな鳥籠のような巨大な檻がありました。更によくよく目を凝らすと、その中には人が浮いているではありませんか。翼の生えていない人です。ジョミーは大変驚きました。だって、ジョミーは翼の生えていない人というものを見たことがなかったのです。下界の人間達には翼がないという知識くらいはジョミーも持ち合わせていましたが、天界には人間は住めません。しかも、その人はジョミーが見たこともない、とても簡素な服装でした。天界に住む天使達は、まさに宗教画に出てくるような大仰な白装束を身に着けていて、ジョミーも例外ではなかったのですが、目の前の檻の中の人は、まるでその囚人のような環境にふさわしい、大変に質素な服を着ていました。一体この人は誰なのでしょう。ジョミーは更に好奇心を刺激され、檻に近づいてみました。中に浮いている人は、くるりとこちらを向きました。その目がジョミーの姿を認め、その人は思案深そうな顔をして戸惑うばかりのジョミーに話しかけるのです。

「ここに人が来るのは初めてだな。君は誰だい?」
「え、ぼ、僕はジョミーといいます。貴方は…誰?」
「僕はブルーだよ」
「あの、何故こんなところにいるんですか」

檻の中の人はくるりと体を一回転させると、愉快そうに喉をくつくつと震わせました。

「好きでこんなところにいると思うかい。僕はね、ここに閉じ込められているんだよ」
「閉じ込められて…?出してもらえないんですか」
「見れば分かるだろう?」

とうとうその人はおかしくてたまらないといった感じに笑い出しました。よくよく見ると、ブルーと名乗った大人はとても珍しい容貌をしていました。さらさらとした銀の髪に、なんとまるで周囲に咲き乱れる薔薇のように深紅の瞳を持っていたのです。ジョミーはそんな姿をした人を今まで見たことがありません。ジョミーは彼の目に釘付けになってしまいました。

「どうして閉じ込められているんですか」
「…君はいろんなことを聞くんだな。まだ子供のようだね。それにしても、珍しいことだ」

ブルーはなんだか一人で勝手に喋って、一人で勝手に納得しているようです。何もかもが見慣れない彼の姿に、ジョミーはついじろじろと彼を眺め回してしまいました。ブルーは宙に浮いたままくるりと一回転すると、ジョミーの近くまでふわりとやってきました。急に近くまでやってこられて、ジョミーの胸がドキリと高鳴ります。ブルーはそんなジョミーを全く気にする様子もありません。

「僕の紅い目やこの服が珍しいかい?」
「えっ…はい、あの、すみません。見たことのない色だから、つい」
「別に構わないさ。僕はいいけど、君はここにいることがばれたら困ることになるんじゃないのか」
「今まで何度も薔薇園には出たけれど、誰にも見咎められたことはないです…外には誰もいないし。あの、さっきの質問にまだ答えてもらってません」
「君は本当に変わった子だね。天使はたいてい、疑問を持たないように作られている筈なのに」
「僕はこの世界が好きじゃありません。だって、誰に何を聞いても誰も何も知らないんです」
「…」
「貴方なら、僕の知りたいことを知っているような気がする。貴方のことについて、もっと教えてくれませんか」

何かを思案するような面持ちでしばらくジョミーを眺めていたブルーでしたが、別に気を悪くするでもなく、綺麗なテノールの声でジョミーの質問に答えます。落ち着いたその声を、ジョミーはとても気に入って耳を傾けました。

「僕はね、所謂『堕天』ってやつだよ、君だって聞いたことはあるだろう?」
「堕天…もっと悪魔みたいな、怪物みたいなものだとばかり思ってました」
「僕がそんな化け物に見えるかい?それともここはひとつ堕天らしく、無垢な子供の君を誘惑するべきだろうか?」

檻の中の人はなんだか悪戯っぽい笑顔を湛えてそんなことを言うのです。誘惑という言葉の意味すらよく分かってはいないジョミーでしたが、ブルーの言葉を聞いて何故だか顔がかっと熱くなりました。そんなジョミーを見ながらブルーがくるりとまた一回転して、くすくすと笑います。

「…冗談だよ。僕はそこまで性悪じゃない」

堕天となることは、それはそれは恐ろしいことであると天使達は刷り込まれておりましたので、まさか目の前の人のように、普通の人、いえとても綺麗な人の姿をしているなどと、ジョミーは想像もしたことがなかったのです。ひょっとしたら目の前の人は、ジョミーの目にはそう見えるだけで、本当は恐ろしい化け物なのかもしれません。でも、子供のジョミーには判断がつかなかったので、正直に思ったままを口にしました。

「…僕の目には、貴方は普通の人に見えます」
「僕はね、どうやら天界で最初に生まれた堕天らしいよ」

堕天とは、『目覚めの日』の儀式を受けて、己の自我に目覚めてしまう天使のことを指すのだとブルーは言います。『目覚めの日』になると、天使は子供の頃に持っていた記憶や人格を全て消され、グランドマザーの天使として生まれ変わるのだそうです。ブルーは遥か昔に『目覚めの日』の儀式を受けて以来、天使としては禁忌である「自我」に文字通り目覚めてしまったのです。自我に目覚めた天使はグランドマザーに翼をもがれてしまいます。翼を奪われた天使は、その力も失ってしまうので、抵抗することも出来ずにグランドマザーにそのまま処分されてしまうのです。しかし、ブルーは翼を失ってもその天使としての力を失いませんでした。その上ブルーの力が強すぎてどうしてもブルーを処分することが出来なかったグランドマザーは、仕方なくブルーを天界の外れに永久に幽閉することにしたのでした。

「天使は規則に忠実だ。こんなところまで出てくる者はいないからね。君くらいだよ、僕がここに閉じ込められてから会ったのは」

ブルーはそれから、上衣を少し上げると、背中についた大きな傷跡を見せてくれました。そのあまりのむごたらしさに、ジョミーは思わず息を呑みました。

「翼を力任せに引き裂かれて、結構な傷も受けたんだよ、ほら。天使は不死身だけど、グランドマザーから受けた傷は残ってしまうんだ」
「…酷いことを…グランドマザーはどうしてこんなことをするんですか。何故自我に目覚めることが悪いことなんですか」
「さあね…管理できない天使なんて、都合の悪いことばかりだからだろうさ。大抵の天使は目覚めの日を迎えると、完全に従順な操り人形になってしまうからね」
「貴方はいつからここに閉じ込められているんですか」
「もう思い出せないくらい昔のことだ。何百年だか、何千年だか…覚えていない。何しろここは退屈だから、せめて下界にでも追放してくれれば一番いいんだが、翼もないのに力だけは天使のままだからね。グランドマザーは多分僕の力を恐れているのさ」
「この檻を壊すことはできないんですか」
「僕も何度も試みてみたけどね、無理。なにしろあのグランドマザーが渾身の力を込めて作った檻だからね。随分と僕の存在を買い被ってくれたらしいよ。それこそ天界を壊すくらいの力を持った者でないとこの檻は壊せないのさ」

死ぬこともできないから暇を持て余していてね。ここは白い薔薇ばかりでつまらないから、ここら一帯の薔薇を紅く染めてみたんだ、とブルーは笑うのです。

せっかく来たんだから、珍しい紅い薔薇を堪能していってくれたまえ、とブルーは宙でくるりと回りながら言うのです。長い時間の間、どれほどの葛藤を経てきたものでしょう。ブルーは驚くほどに達観していました。

その日から、来る日も来る日もジョミーはブルーの檻を訪ねてやってきました。幽閉されていて退屈しているブルーにとっては、ジョミーの訪問はまたとない暇つぶし。ブルーはジョミーが会いに来るのを楽しみにするようになりました。二人は色んな話をします。天界のこと、下界のこと。そして、堕天のこと。

ブルーが言うには、何年かに一度くらいの頻度で、ブルーのように目覚めの日を迎えても自我を持ったままの天使が現れるのだそうです。天使として生まれながら、グランドマザーの望む天使という存在になりきれない…それが堕天です。しばらくは他の天使達のように振舞って周囲を誤魔化せても、その存在が知れれば、堕天は必ずグランドマザーに処分されてしまいます。檻の中で閉じ込められたままであっても、力の強いブルーはそれらの者達の存在を感じ取り、グランドマザーに気づかれないように意思の疎通を図ることが出来るのです。

「この天界には、幾つか下界への抜け道があってね。そこへ誘導して下界に逃がすんだ」
「天界にそんな場所があるなんて…知りませんでした」
「グランドマザーの天界の守りは非常に強固なものだ。しかし、全く皮肉なことだが、天界を完璧に守ろうと思ったら、どうしても空気を抜くような場所が必要なんだ。だからそこへ行けば下界に下りられる。僕はこんな捕らわれの身だから行けないが」
「貴方も下界に行かないんですか」
「行きたくても、この檻だ。無理だよ。それに、僕がいなかったら、これから生まれてくる哀れな自我を持った天使達をどうやって逃がすんだい。だから僕はここでいいんだ」
「でも、それじゃあ貴方が可哀想だ」
「仕方ないよ、こんな余計な力を身につけて生まれてきてしまったんだから。これも運命さ」
「ブルー…」

ジョミーは下界については全くの無知でしたが、ブルーはその力で時折下界の様子を覗くこともあるようです。

「下界は、天界と違ってとても面白そうなところだよ。悪いことも沢山起きるけれど、それでも人間達は天使と違って自分の意思というものをしっかり持っている」

下界に逃れた元堕天達も、なかなかうまく下界に馴染んでいるとブルーは楽しそうに言います。自分は行くことが出来ないのに、仲間達が幸せそうに暮らしている事実が、ブルーにとってはことのほか嬉しいようです。

「ブルーは寂しくない?」
「僕は平気だよ」

本心かどうかは分かりませんが、ブルーはつかみどころのない笑顔で微笑むのです。しかしジョミーには分かっていました。毎日ジョミーの姿を認めるたびに、ブルーの顔がとても嬉しそうにほころぶことを。薔薇が咲き乱れる他になにひとつないこんな場所で話し相手もなく、ブルーはどれだけの孤独に耐えてきたことでしょう。自分の存在が、少しでもそんなブルーの慰めになればよいと、ジョミーは大人の天使達の目を盗んで毎日せっせとブルーの檻に通うのでした。


しかし、そんな二人の交流は長くは続きませんでした。

「もう君はここに来てはいけないよ、ジョミー」

ある日、いつになく真剣な面持ちで、ブルーがきっぱりとジョミーに言い渡したのです。

「えっ…どうして?!」
「君、『目覚めの日』がもうすぐだろう」

ジョミーはすっかりそんなことを忘れていました。しかし、よく考えてみれば『目覚めの日』はすぐそこに迫っているのです。

「確かに…そうだけど…」
「『目覚めの日』が来れば、君は今までの記憶を失う。それは分かっているね?この場所のことも、僕のことも、忘れてしまうんだ」
「そんな…僕はいやだ、ブルーのことを忘れたくない!」
「もし儀式を受けても僕が君のことを覚えていたとしたら、堕天としてグランドマザーに処分される。もしそうなれば、声に出さずに僕のことを呼んでくれ。君が見つかる前に僕が下界に逃がしてあげる。この檻の中からでも、堕天の存在は感じ取れるからね」
「でも、それじゃあ」
「そう、どちらにしろお別れだ。もっと早く君に告げるべきだったんだ。別れが辛くなるだけだから、君はもう来てはいけないよ」
「でも…!僕はブルーと一緒にいたいよ!」
「ジョミー、聞き分けたまえ。どのみち僕はここから出ることは出来ないんだ。共に生きるのは無理だ」
「そんな…」

ジョミーは泣いていました。でも、ブルーの言うことはどれも真実でしたし、なによりこの寂しがりやの堕天の気持ちも分かりました。もう今でさえこんなに辛いのです。残された時間は僅かでしたが、同じ時間を過ごせば過ごすほど、情が深くなるばかり。しかし、『目覚めの日』が来ればもう二度と会えません。記憶を消されてしまうジョミーよりも、結局辛いのはブルーのほうなのです。そう思うと、我侭を通すことはジョミーにはできませんでした。

「君ならさぞかし美しい天使になるだろう。『目覚めの日』がうまくいくことを祈っている」
「ブルー…」

檻の外から手を伸ばしたジョミーの手を、ブルーは一度だけ柔らかく握りました。二人が初めて触れ合った瞬間でした。そして、ブルーはふわりとジョミーから離れて宙に浮くと、檻の中心でくるりと向こうを向いてしまうのです。

「さあ、もう帰るんだ。振り返らないで」

ジョミーの耳に届くブルーの声が、少しだけ震えているような気がしました。紅色の薔薇が地平線に見えるような距離まで離れてから、ジョミーはもう一度だけブルーのいた方向を振り返りました。きっとブルーは泣いている、そんな気がしたからです。でも、自分には何も出来ない…ジョミーは唇を噛み締めながら、薔薇園を駆け抜けて都市に戻りました。

「また、つまらなくなるなあ…」

深紅の薔薇に囲まれた檻の中で、ブルーは誰にともなくさりげない独り言を呟きました。しかし、くるりと人影が回ると、ぽたりぽたりとどこからか水の雫が垂れる音がするのでした。





ブルーがジョミーに別れを告げてから、何日、何週間、何ヶ月、いえ、何年経ったかも分かりません。なにしろ天使は不死身ですし、来る日も来る日もブルーは薔薇を眺める以外にやることがないので時間の感覚が酷く希薄なのです。ブルーが思っていた以上に、ブルーはジョミーに対して特別な感情を抱いてしまっておりました。しかし、檻から出られない自分にはどうすることもできないのです。他にジョミーにどんなことをしてやれたでしょうか。時折ブルーは都市の中まで、堕天の存在を探すために思考を伸ばしてみましたが、ブルーの琴線に触れるものはおりませんでした。ジョミーも、無事に目覚めの日を迎え、一人前の天使になったことでしょう。半分ほっとした反面、言いようのない寂しさがブルーを襲います。ジョミーに出会うまで、一人で寂しいなどと思ったことは一度もなかったというのに…。ジョミーは確かに特別な子でした。

しかし、望むと望まざるとに関わらず、ブルーに出来ることといえば、毎日のようにジョミーとの思い出を反芻し、檻の中から薔薇を眺めることくらいです。

ブルーがジョミーという存在に出会ったことなど、もう遥か昔のようにすら感じられてきた、ある日。

ふとブルーが気づくと、深紅の薔薇の中心に黒服の若者が立っていました。天界で黒い服を着ている者など、ブルーは今まで見たことがありません。その若者はジョミーにとても似ていました。しかし、ずっと背も高く、酷く大人びた風貌です。なによりその背には翼がありませんでした。その若者は静かに薔薇園に立ち尽くしてじっとブルーを見つめているのです。

(似ているな…ジョミーに…)

ブルーはなんとなく居心地が悪くなり、檻の中でくるりと一回転すると、自らふわりと若者の傍に降り立ちました。

「やあ。君は…誰だい?」

若者はその翠の視線でまっすぐにブルーを射抜くと、少し低めの声で答えました。

「ブルー。僕です」
「…やはり君はジョミーなのか、似ているとは思ったが…『目覚めの日』を迎えた筈ではなかったのか」
「今は『シン』と呼んで下さい。グランドマザーが僕をそう呼んだので」
「グランドマザーが?一体何があったんだ」
「僕は、やはり天使にはなれませんでした。堕天になったんですよ」
「君が、堕天に…?!」

ブルーは大変驚きました。堕天になったものたちの存在は、いつもなら檻の中にいながらブルーは簡単に見つけることが出来たのです。しかし、堕天になった彼の存在に気づけなかったのは一体どうしたことでしょう。

「それならば、僕を呼んでくれれば君を下界へ誘導できたのに。僕には君の存在は感じられなかった…君、一体今までどこにいたんだ」
「ずっとこの天界にいましたよ。でも、『目覚めの日』を迎えた天使が下手に動き回ればグランドマザーに感づかれる。僕は堕天になったことを隠し続けて、機会を待っていました」

グランドマザーを相手に、堕天になったことを隠しおおせたとは、ただごとではありません。グランドマザーに隠し通せたのであれば、ブルーにもその存在が感じられなかったのも分かります。しかし、シンの背には翼がありません。やはり、グランドマザーを騙すのは無理だったのか…。

「翼は、どうしたんだ。やはりグランドマザーにやられたのか?」
「いいえ、自分で折ったんです」
「なんだって!」

天使にとって翼は自分の体の一部です。ブルーがグランドマザーにその翼をもがれたときは、大層痛くて苦しくて、死ぬ筈のないブルーでも死んでしまうのではないかと思ったほどでした。それを、ジョミー…、いや、シンは自ら折ったというのです。それはきっと、なんというすさまじい光景だったことでしょう!

「あんなもの、いりませんからね」

シンは平然としてそう言うのです。天使として根本的にありえないその思考に、ブルーは大変困惑しました。翼の存在は、天使を天使たらしめる象徴です。グランドマザーの手のものに押さえつけられてその翼をもぎ取られたとき、ブルーでさえさすがに大きな損失感を覚えたものです。それを、まるで何事もなかったかのように言えるシン。ブルーの目の前にいる彼は、確かに天使ではありませんでした。

「今までずっと、グランドマザーを騙していたというのか…しかし、何故」
「僕にはどうしても時間が必要だったんです。貴方を助け出すための時間が」
「助け出すって…僕を?」
「ええ。さあ、僕と一緒に行きましょう」
「行くって、どこへ」
「天界にはもう用はない。下界へですよ」
「下界…しかし、知っているだろう。僕はここから出られないよ。それに、出られたとしても、もし僕がいなくなってしまったら、これから生まれるであろう堕天の者達を誰が下界へ逃がしてくれるんだ。僕は行かない。ここに残るよ。下界への入り口を教えてあげるから、君は天界を出たまえ」

シンの背は、ブルーがほんの少しだけ見上げるほどに伸びていました。しかし、シンはどこかダダをこねる子供を見るような、困ったような表情でブルーを見つめました。切なげな、優しげな、酷く大人びたその表情に、何故だかブルーの胸が高鳴りました。

「貴方ならそう言うだろうと思っていました。でも、貴方が心配する必要はもうないんですよ。グランドマザーとはもう話をつけましたから」
「?何の話だ」
「グランドマザーと、取引をしたんです。これから生まれてくる堕天を、処分せずに全て下界に送り込むように」
「なんだと…?グランドマザーはその条件を呑んだのか?何故そんなことが出来るんだ」
「僕が強く望んだおかげで、9人の新たな力を持った堕天の子供達が生まれました。彼らは僕と同じ、生まれたときから目覚めていた子供達です。僕は『ナスカの子』と呼んでいますがね。彼らは僕のためなら何でもします。天界で生まれる堕天が処分されずに下界に送られるよう、彼らが交代で見張ることになっています。そのために時間が必要だったんです」
「な…な…」

シンの言っていることがよく飲み込めず、ブルーは困惑するばかりです。彼が望んだだけで、強い力を持った子供達が生まれてくるなんて、そんなことが本当に可能なのでしょうか。

「ずっとここで過ごす貴方は気づいていないかもしれないけれど、もうあれから10年以上が経ったんですよ」
「そんなに…時間が経っていたのか」
「そうです。グランドマザーは、やはり僕を殺すことが出来なかった。貴方のときと一緒で、僕の力が強すぎたからです。僕に暴れて欲しくなければ、生まれてくる堕天を下界に下ろせと、そう脅しました」
「…それで、グランドマザーは了承したのか」
「グランドマザーも、せっかくここまで作り上げた天界に手を出されては困るというところでしょう。さあ、行きましょう」
「無理だ、僕は出られないといっているだろう。この檻は…」
「ええ、貴方の言っていたことは、ちゃんと覚えていますよ。これは、天界を壊せるほどの力を持った者でなければ壊せないと…!」

シンは、すいっと手を挙げ、檻に触れました。

「シン、何を…するつもりだ…?」

次の瞬間、恐ろしいほどのエネルギーを感じたかと思うと、あたりが目を開けていられないほどに眩しく光り輝き、思わずブルーは目を閉じました。次の瞬間ブルーが目を開けると、なんということでしょう。長年ブルーを閉じ込めていた檻が粉々に吹っ飛んでおりました。

「…なんということだ…!」

過去に何度も数え切れないほどにブルーが力を込めて壊そうとしても、一度もヒビひとつ入ることのなかった強固な檻が、シンが手をかざしただけで簡単に破壊されてしまったのです。中にいたブルーにはかすり傷ひとつつきませんでしたが、あたりの薔薇が引き千切られ、花弁がまるで血飛沫のように宙を舞いました。ブルーはその中心に、呆然として立ち尽くします。

シンの力はブルーが想像していたよりも、遥かに巨大なものでした。なるほど、これほどの力を見せ付けられれば、グランドマザーも取引を呑まざるを得なかったことでしょう。衝撃が覚めやらぬブルーに、シンが一歩近づいて、どこか歌うように言いました。

「僕は特別だと、貴方が言ったんです。僕は目覚めの日に、強く望みました。貴方を解き放つほどの力を手に入れたいと」
「…」
「望んだだけの力を、僕は手にすることが出来ました。貴方に出会わなければ、こんな力は生まれなかったかもしれない…でも、僕は後悔していません。ここから貴方を出すためなら、なんでもします」
「君は…」
「もう、貴方は自由です。僕と行きましょう。貴方をここから連れ出す日を、ずっと僕は夢見ていた」

シンは後ずさることもできないブルーに向かって手を差し出します。自分をまっすぐに見つめてくる、感情の読み取れぬ翡翠色のまなざしに一瞬見とれてしまい、ブルーの身はすくみました。目の前にいるのは、無垢で子供だったジョミーではなく、大人で全く別人のようになってしまった「シン」なのです。ジョミーを大事に思っていたのは事実でしたが、ブルーが心から望んでいた筈の自由を与えようというこの男は、ブルーが育んでいた気持ちを吹き飛ばすほどの強烈な存在でした。正直なところ、ブルーはシンの手を取るのが怖かったのです。

永遠にも思えた長い時間ブルーを閉じ込めていた強大な檻を、あっさりと潰してしまったシン。彼はまさに、自分よりももっと強大な、グランドマザーでも抑えられないほどの力を持った最強の堕天。それなのに、彼がそんな力を身につけたのは自分のせいだというのです。自分は恐ろしい存在を解き放ってしまったのではないか…。天使として刷り込まれた本能が、未知の存在に対して、言い得ないほどの原始的な恐怖を感じるのです。この手を取ってしまえば、自分は一体どうなってしまうのか。ブルーの心は混乱でどうしようもなくかき乱されます。ブルーの頭の中身が引っくり返ったように、足元もおぼつかなく思えるほどに…。が、目の前で自分を射抜く翠の目はあまりにも甘美すぎました。ブルーが判断がつかずに立ち尽くしていると、ふと、ブルーを見つめるその瞳が人懐こそうに柔らかくほころびます。

「…それとも、堕天は堕天らしく、ここはひとつ無垢な貴方を誘惑するべきでしょうか?」

こんな真剣なときなのに、ブルーもつられて思わず笑いが零れました。昔と違ってなんだか深い意味も含まれていたような気もするのですが、それでもなんだかブルーはくすぐったい気持ちになったのです。目の前にいるのは、やはりあのジョミーなのです。ただ、自分の知らないうちに大人になっただけ。ブルーは震えるつま先を誤魔化すかのように、自らシンの前に一歩踏み出し、その手をとりました。シンの肩から緊張がふっとほぐれるのが伝わります。

「わざわざそんなことをしなくても、僕には君の誘いは拒めないよ」
「それはよかった。貴方をどうやって堕とそうか、そればかり考えていたから」
「…全面降参するから、どうかお手柔らかに願えないかな。君に本気でかかられたら、正気を保てる自信がない。思った通り、いい男になったね、シン」

口にした悪戯っぽい台詞ごと、ブルーは次の瞬間、シンの腕の中に抱き込まれていました。シンの胸板は、ブルーが想像していた以上に逞しく、男として完成された身体でした。天界では身体の触れ合いというものはごく稀少でした。ましてや、ずっと幽閉されていたブルーに、他者との身体的な接触があろう筈がありません。しかし、何故かずっと昔から知り尽くしていたかのように、二人はお互いの身体にぴったりと馴染みました。銀の髪に顔をうずめ、シンが吐息に乗せて囁きます。

「ブルー…貴方にこうして触れる日を、ずっと夢見ていた」
「シン…」

強く抱きしめられていてその表情を垣間見ることは出来ないのですが、シンの声はなんだか泣いているかのようでした。なんだかとても切なくなって、ブルーの手がぎこちなくシンの背に回ります。ブルーが宥めるようにシンの背を撫でると、自分を宝物のように大事そうに抱えるシンの腕に更に力が篭り、ブルーは自分の選択が間違っていなかったことを実感するのです。

「行きましょう。もうここには用はない」


どのような未来が待っていたとしても、シンと共にあれるのであれば怖くはない。ブルーは覚悟を決めて、シンの腕の中で目を閉じました。

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