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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:シャングリラ・フラワーズ(5)
お待たせしました!(主に自分に)実に四年半ぶり、シャングリラ・フラワーズの続きです!色々と感覚が取り戻せていないんですが、とりあえず勢いでアップしちゃいます!あともう一回で終わりになります。キースのエピソードは元ネタ番組からですが、蜂蜜のくだりは単にワタクシの実体験が元ネタでございます。近所の雑貨屋で買った、ラベルも何も無い地元の蜂蜜の蓋を開けたらいつも早朝の犬の散歩中に嗅ぐ空気の香りがしたんですよ〜☆

では超久々の更新、↓こちらからドウゾ〜☆




カランコロ〜ン♪

「ちょ、どうしたんですか、その目の下の隈!!」
「あ…いやその、ちょっと寝不足で…でも別にたいした事はないんだ」

仕事に押し潰される勢いであっという間に週末が過ぎ、月曜日の朝ブルーは予想通りジョミーに叱られておりました。しかし何しろキースから山のように届いていたメールに目を通し、決済を済ませなければならない案件の書類と、幾つか同時進行している商談の経過確認と、新事業の懸案と、それからそれからそれから…。とにかく沢山処理するべき事柄があったのです。平日は花屋のしがない見習い店員として目の前の仕事さえ取り組んでいれば良いのですが、全テラでも屈指の企業のトップとして片付けなければならない案件はおかまいなしに山積みです。今まで実感したことはなかったのですが、実際に自分の会社で働いているスタッフの人達と触れ合う機会を作ったおかげで、ブルーは今自分の肩にどれだけの社員とその家族の人生がかかっているのかをしっかりした重みで受け止めざるを得なくなりました。キースの言うところの「シモジモの奴等」と完全に切り離されてビジネスを執り行っていたブルーにとって、今までは社員といっても収益を構成する数字の一つでしかなかったのです。ですが今ではそののっぺらぼうのイメージの一つ一つに顔が出来、表情が生まれました。会社を構成する社員の一人一人にはそれぞれ家族がおり、その一人一人がそれぞれに自らの人生を生きている人間であり、そんな彼等が企業としてのシャングリラ・フラワーズを支えている。そしてそんな彼等や家族達の命運は、企業のトップであるブルーがこれからどう会社を切り盛りしていくか一つにかかっているのです。それはブルーがこれまでに感じた事のないプレッシャーでした。が、同時にそれは今までにブルーを新たな使命感に駆り立てる原動力であり、仕事への新たなやりがいを産み出す糧でもありました。おかげでブルーは今まで以上に仕事に燃えていたのです。

しかしそんなことよりも今のブルーにとっての目下の大問題は、目の前で眉間に皺を寄せて自分の顔を睨みつけるジョミーの追求をいかにかわすか、です。ブルーの目の下の隈を確かめるためか、ジョミーの大きく暖かい左手がしょげたブルーの顎にかかりぐっと持ち上げると、もう一方の右手が血色の悪い皮膚を確認するように辿ります。予想もしていなかったいきなりの接触にドキン、とブルーの鼓動が大きく一つ跳ねました。触れられたところからブルーの頬にジョミーの少し高い体温が伝わります。こんな風に他人に触れられたことのないブルーは、すっかり固まってしまってただされるがままに立ち尽くしていました。

ためつすがめつブルーの顔色を眺め、ようやくブルーの顔を解放するとジョミーはやれやれといかにも深いため息をつきました。良かった、やっと解放された、と内心ブルーが安堵の息をついた次の瞬間、ジョミーは今度は改めてブルーに向き直り、腕を組んでしかめっ面で仁王立ちになりました。そのジョミーの目が据わりっぷりに、ブルーは脱兎のごとくに逃げ出したくなったほどです。

(こっ…怖いっ!)

「…その様子だとどうせろくなものも食べてなかったでしょう」
「う」
「そんなことだろうと思って今日もちゃんと貴方の分もお弁当を持ってきました。残さず食べてもらいますからね!」
「う…はい…」
「おいおいジョミー、あんまりブルーをいじめるなよ、涙目になってるじゃねーか」
「僕は別にいじめてないっ」
「好きな子ほどいじめたくなるって言うものね〜。ね、ジョミー?」
「スウェナ!」

サムとスウェナが助け舟を出そうとして茶々を入れてきますが、ブルーに分が悪すぎます。なにしろ溜まった仕事を片付けるのに忙しすぎて、土曜日は栄養補給ゼリー飲料を一本分摂取しただけ、日曜日に至っては水を飲んだだけなのです。何も言わなくても不思議な程に色々とブルーの体調を察してしまうジョミーには、きっと何もかもお見通しに決まっているのです。ぐうの音も出ません。

このように真剣に誰かに叱られるなど初めての経験で、なんだかとても気恥ずかしくなってしまいます。いかにも世話好きそうなジョミーのこと、彼はただいろいろとダメ人間な自分を放っておけない質なだけ。いつも彼の弟や妹達にやっているのと同じよう、手のかかる自分の面倒を甲斐甲斐しく見てくれているだけなのに、ブルーの理性では止めようもなく頬ばかりか耳まで熱くなってしまいます。

カランコロン〜♪

「大体あれほど僕が念を押して…あ、いらっしゃいませ!」

いつまで続くかと思われたお説教は朝一番のお客のおかげで中断され、ブルーは思ったより早めに解放されて心の底から安堵しました。気の早い客に感謝です。だってあれ以上あんな近距離でジョミーのアップを見つめさせられ続けていたら、頭に血が上るだけでは飽き足らず、何かおかしなことを口走ってしまいそうだったからです。心臓だって今もバクバクいっています。思わぬ助け舟にとりあえずブルーはそそくさとカウンターの裏に飛び込みました。

しかし。

カウンターの影でドギマギする胸に手を当てて落ち着かせようとしていたブルーの耳に、聞き慣れた硬質の声が飛び込んできたのです。まさかこんなところで絶対に聞こえる筈のない、ブルーの耳に馴染んだ声…。

「ふむ、時間より少し早いがもう開店しているのか、さすがだな」
「キースさん!」

今度こそ心臓が喉から飛び出そうなくらいに驚愕してブルーはカウンターの裏からショップのドアを振り返りました。店のエントランスでいつもの苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔でで立っていたのは、確かにあのヒネくれた従兄弟、シャングリラ・フラワーズの共同経営者かつ社長であり、ブルーのビジネスパートナーである、あのキースではありませんか!ブルーがこのアタラクシア店舗にお忍びで働きに来ているのを知っている筈なのに、何故ここへ、そしてよりによって何故今このブルーの研修期間中にやってきたのでしょうか。一体どんな腹黒い考えを抱えているものやら…。考えてみたら元々キースはブルーのこのプランに全く賛成ではなかったことを思い出し、ブルーは頭から冷や水をかけられたような心持ちでした。なんだかんだ言いながら、ブルーがシャングリラ・フラワーズの会長であることを隠し、ここにいる人の良い皆を騙していることは確かなのです。ここでジョミーやバイトの二人にブルーの素性がバレてしまったら…アタラクシア店の皆はどれほど自分を軽蔑することでしょう。キースの登場で現実に引き戻され、やっとブルーは自分のしていること、自分の置かれた立場に気がついたのです。ブルーは全身からざーっと音を立てて血の気が引くような思いになりました。

「月曜日にいらっしゃるとは珍しいですね、キースさん」
「ああ、多忙な俺がわざわざ来てやったぞ」

蒼白な顔でブルーが内心パニクっているところに、えらくふんぞり返ったキースは大して広くもない店舗のあちこちをじろじろと不躾に眺めます。

「ふん、相変わらず品揃えは悪くないな。市場の方も景気が良さそうと見える。今日の配達予定は?」
「今のところ時間指定の配達が午前中に二軒と夕方に三軒、時間指定無しで三軒注文が入ってます」
「在庫管理のほうはどうだ」
「今朝の分の仕入れと下処理は完了しています。次回の仕入れは水曜日です。こちらのケースのここからここまでが先週に仕入れた花で、水曜日までに売れなければ処分予定です」
「なるほど」
「こちらが経理簿です。こちらが今月分、先週までの合計収益になります。前月分までのデータは既に本社に送信済みです」
「ふむ」

いきなりの本社トップの登場にサムとブルーがぼ〜っと突っ立っている間にも、ジョミーとスウェナはテキパキとキースの指示通りに次々に情報を掲示します。その慣れた様子を見ると、明らかにキースは何度も来ている模様。ここに初めて立ち寄った風には見えません。ひょっとしたらキースは本当にアタラクシア店をチェックしに来ただけなのかもしれません。なにしろこの店舗はシャングリラ・フラワーズにとって重要な店舗には違いないのですから。ひょっとしたらひょっとして、本当にブルーに大して何の下衆な下心などないのかも…しれません。そう考えるとブルーは少し息をつくことが出来ました。

それにしてもキースの突然の矢継ぎ早の質問攻撃にジョミーとスウェナは全く動じることなく良く対応しているものです。特にまだ学生のスウェナが尊大なキースに臆する事なく一歩も引けを取らずに冷静に渡り合っているのにブルーは内心感嘆しました。たいした度胸です。スウェナは確か午後は大学で会計のクラスを取っていると聞いています。資格を取ればさぞ優秀な会計士になるでしょう。今のうちにシャングリラの本社に勧誘をかけておくべきだろうか…などとブルーはついつい経営者の視線でその情景を計算高く見つめていました。

ひとしきりジョミーとスウェナを質問攻めにした後、キースはくるりとブルーのほうに視線を向けました。

(ひっ)

そこにはブルーの記憶に数あるキースの表情の歴史の中でも、今まで見たこともないようなとびっきりに底意地の悪い色が浮かんでいます。ちょうど良い獲物を見つけた猫…いえ、虎のようです。ブルーの肝がヒヤリと冷えました。案の定、キースは嘲笑うようにブルーに向けて顎をしゃくりました。

「そこにいるのは新人か。初めて見る顔だな」
「…!はい、ブルーさんといいます。研修ということで来てもらってるんです」
「ふん…見たところ別に若くもないし見るからに手先も不器用そうだし、大して使えなさそうだがな…」
「!」

これが勝手知ったる従兄弟のキースでなければ大変に無礼千万な言い草です。しかしここで口答え出来る立場でもないブルーはぐっと飲み込みましたが、ジョミーはどう角を立てずに言い返すべきか考えあぐねているようでした。すると、ジョミーが口を開く前にキースはいかにもイヤ〜な顔でニヤ〜リと笑いました。明らかに普段笑い慣れていない彼らしい崩れた笑みです。どうにもブルーのうがち過ぎかもしれませんが、ブルーの心情としては、美しく咲き誇る花に囲まれた室内で、そこだけ何か別世界のようにどろどろとどす黒いオーラがとぐろを巻いているのが見えるようでした。

「ちょうどいい、その新人の研修の成果とやらを見せてもらおうか。人材育成も大事な職務の一環だからな」
「…はい?」
「今この場でその新人に花束を一つ作らせてみろ。他のヤツは手伝うな。そいつに一人でやらせるんだ」
「…!!」

(キースのヤツ…っ!覚えてろ…!)ブルーの頭の中は憤怒に沸騰しそうです。なんという羞恥プレイでしょう!普段ならばブルーも腐ってもシャングリラの会長です。もしこれがいつもの会長室や社長室ならば、こんな無礼千万なキースの物言いにも一歩も引かずにガンガン言い返す、いえ言い負かすことすら出来るのです。しかしブルーが素性を騙っている皆の前では何も言い返せないことを分かっていてわざとキースは意地悪をしているのです。ひょっとしたら会長という立場を放り出して何週間も遊びほうけている(とはキース曰く)ブルーに一つお灸を据えてやろうという心づもりなのかもしれません。この研修期間が終わったら前髪をむしってやろうかなどとブルーらしからぬ粗暴な考えすら頭をかすめます。

しかしながら、とにかく皆の見ている前でご指名されてしまったからには怪しまれないためにも言われた通りに作らなくてはなりません。一応研修という名目で来ているのですから、勿論今まで遊んでいたわけではなくて最低限のことは一通り教わっています。けれども生来超のつく不器用なブルーのこと、いくら何度も練習を重ねさせてもらったとはいえ、どんなみっともない花束になることやら…そして完成させた花束をネタにキースに未来永劫までネチネチとしつこくイビられるのは目に見えています。近い将来この身に受けることになるであろう屈辱の仕打ちに今から胃をキリキリさせながらも、ブルーは仕方なく言われた通りに色とりどりに花の咲き乱れるケースへと向かいます。

「あの、キースさん」

助け舟のつもりでしょうか、背後でジョミーがキースに声をかけるのが聞こえます。

「なんだ?」
「どなたかへのプレゼントですか?」
「…う、うむ、そうだな。そうとも言えるしそうでないとも…まあそんなところだ」
「そうですか」

いつも自信に溢れかえったキースの返事が何故か急に奥歯にものの挟まったような歯切れの悪さ。なにか痛いところを突かれたような声です。日頃聞き慣れないキースの珍しく動揺した様子に、ブルーははっと思い当たりました。

(ひょっとして…マツカにか…?)

普段自分の周囲の人間の心の機微なんて疎いを通り越して完全にKYだったブルーですが、このアタラクシア店に来てから、いえジョミーと出会ってから、今まで全く気にも止めなかった人々の仕草に色々と気づくようになっておりました。そしてキースのどこか慌てた反応に、まるで天啓でも受けたように何故かブルーの頭の中にぽん、と控えめなあの社長秘書の顔が現れたのです。よくよく考えてみたら、キースはいつもなんだかんだと必要以上にマツカに絡んでいたような気もします。ひょっとしたらひょっとして、このヒネくれた堅物キースは、マツカを憎からず思っているのかもしれません。一度そこに思い当たってしまうと、今まで気づかなかったのが全く不思議なくらい、ブルーにとってそれは自然な気持ちの流れに思えました。

(ああ、なるほど。そうか。そうなのか)

なんだか急に何もかもがすとんと腑に落ちたブルーは、くるりとケースに向き直りました。花を受け取った相手の喜ぶ顔を見たい…相手を喜ばせたい…。ジョミーの言っていたことがなんとなくブルーにも分かるような気がしたのです。ましてやそれが自分の知っている相手ならブルーもイメージが固めやすいし、話も早いというものです。なにしろマツカにはいつもブルーも世話になっていますし、そうとなればお礼の気持ちを込めるのもいともたやすいことです。

早速ブルーは自分が持っているマツカの人物像を頭に思い浮かべながら花を選び始めました。マツカはあまり派手な花は好きではなさそうです。そういえばいつも自分達のオフィスに飾られている花は確か本社のカタログから定期的にマツカがオーダーしている筈ですが、思い返してみるといつもどこか淡い色合いでまとめられていたような…。ブルーは色々迷って結局控えめな薄紅色とほんのり藤色の可愛らしい花を何本かセレクトし、束に纏め始めました。自分なりにマツカの好みそうな花を選んだつもりです。相変わらず手先は不器用でもたもたしていましたし、なにより人数は少ないとはいえ店中の視線が自分の手元に集まっているので思わず手が震えてしまいます。世界のビジネスエリート達を相手にしての何百万ドルの運命をかけたプレゼンなどお手の物の筈なのに、いざ自分の手で何かを作り出さねばならないとなるとそれはなんと難儀なことでしょう!

「おい、まだ出来ないのか。こう見えても俺は忙しい身なのだが」

ただでさえ慣れない手つきでブルーがもたもたと作業しているところへもってきて、おまけにキースが無駄に煽ってくるのです。ブルーは内心ギリギリ歯噛みします。すると、ジョミーがさりげなくカウンター内に回り込んできました。

「そういえばラッピング用品の場所をまだ教えていませんでしたね。こっちの引き出しです」

ブルーが動くのを待たず、実にごくごく自然な仕草でジョミーが引き出しからセロファンを引っぱり出し、ついでに同じ手が一連の流れるような動作でやはり別の引き出しからジョミーの瞳の色のように深い翠色のリボンを取り出しました。不思議なことに「手伝うな」と念を押していた筈のキースは何故か何も言わずにその光景を眺めているだけです。

「一人だと花が潰れやすくて難しいから…僕が押さえていますので、ブルーがセロファンを巻いてリボンを結んでくださいね。」

ジョミーは常日頃誰の助けも借りず一人でさらさらと綺麗に花束を作っている筈なのに、そんなことを言いながらジョミーはさりげなく庇ってくれるのです。ほぼ密着しているジョミーの体からふわりと彼のデオドラントが香ってきて、ブルーの鼓動が心無しか早くなりました。ジョミーが花を支えてくれていたおかげでなんとかあまり苦労せずにラッピングを終えることが出来ましたが、セロファンはやっとのことで巻き付いた感じだし、なんとか結び終わったリボンは随分と不格好です。しかし、ジョミーがちょいちょいとさりげなくあちこち引っ張って整えただけでまるで魔法でもかかったみたいにプロの作ったような花束が出来上がりました。この出来映えならばきっとマツカも喜ぶことでしょう。いつも物静かなマツカの表情がこの自分の手で作った花束を受け取って綻ぶ様を想像し、ブルーはなんだかくすぐったいような気持ちになりました。そんな二人の様子を、キースは神妙な面持ちでじっと見つめています。淡い色の花達がしっかりと翠色のリボンで纏められた、大変可愛らしい花束をジョミーは両手でそっとキースに手渡します。

「キースさん、どうぞ」
「うむ…まあまあだな。代金はこれで」
「かしこまりました」

社長だというのに律儀にキースはクレジットカードをスウェナに差し出します。

「キースさん」
「なんだ」
「相手の方が喜んでくれるといいですね」
「う、うむ、まあな」

ジョミーの屈託の無い言葉にキースが少し動揺したようです。が、スウェナがレジに売り上げを打ち込んでいる間に、更なる仕返しを思いついたのか、キースはいきなりこんなことを言い出すのです。

「どうだ、その新人の採用の見込みは」
「えっ」
「そいつはどうもまだまだ修行が足らんようだな。花束一つまともに作れないようでは話にならん。ちょうどいいからお前がずっと傍で面倒見てやったらどうだ」
「ちょ、あの、その、」
「ま、しっかり頑張れよ、新人!」

面倒を見るって一体なんでしょう。キースの言葉はブルーの理解を遥かに超えていたのですが、ジョミーは何故か一言もキースに言い返さず、ゆでダコのように真っ赤になってしまいました。しかしブルーとしてはいつキースが自分の身分をバラすのではないかとそればかりが気が気でならずヒヤヒヤしながらキースの背中をずっと睨み付けていたおかげで、ジョミーの様子には全く何一つ気づきませんでした。

結局なんだかんだと機嫌良さそうにキースはブルーの作った花束をかかえ、鼻歌混じりで意気揚々と帰って行きました。

「ア〜全く肩が凝っちまうぜ。相変わらずキツい人だよなあ〜」
「あら、サムなんてぼ〜っと見てただけで何もしなかったじゃないの!肩が凝るような事なんて何にもしなかったでしょ。でも花を贈りたい相手がいるなんて意外じゃない?あんなの初めてだけど、実は結構ロマンチストなのかもしれないわね」
「しょうがないだろ、オレはしがない配達人!だけどあんな堅物でイヤミな人のお相手ってどんな人だろな〜」
「ああ見えて実は家では姉さん女房に尻に敷かれてるとか!」

ひとしきり下世話な想像に推測だらけの噂話を咲かせると、普段通りにサムは花の配達に出かけ、スウェナは事務室に引っ込んで帳簿の整理を始めました。どうやらキースはこの店舗にちょくちょく足を運んでいるようです。少なくとも初めての訪問ではないことだけは分かりました。

「あの…あの人、よくこの店に来るのかな」
「キースさんですか?すみません、びっくりさせてしまいましたね。あの人、本社の社長なんですよ」
「へえ…」
「キースさんは、そうですね…最近はあまり来てなかったけど、大体二ヶ月に一回くらいは来るかなあ。でも貴方は良く頑張りましたよ、あまり気にしないで下さいね」

そんなに頻繁に!ブルーは内心驚愕を隠せませんでした。それでは今日も別にわざわざブルーに意地悪をするためだけにやってきたわけではなかったようです。まあわざとブルーがいる日を選んで来たのには違いなさそうでしたが。それにしても、そんなにマメにこのような地味な視察を重ねていたとは驚きです。少なくともブルーは今まで全く気づきませんでした。ブルーが気づかないだけで、キースは実は気配りの人だったのかもしれません。今日一日だけでブルーは堅物な従兄弟の意外な面を幾つも見たような気がしました。

「キースさんはただ口が悪いだけで決して悪い人ではないんですよ。まさか貴方にあんな意地悪なことを言うとは思わなかったけど…庇いきれなくてごめんなさい」
「え、いや…君が謝ることじゃないだろう。大体君のおかげでやっと人に出せるような花束になったんだし」

別にジョミーは何一つ悪い事をしていないのに、律儀に謝るのです。キースは実際目つきも悪くズバズバものを言うせいか、表立ってはっきりと嫌っている人も少なくありませんでした。それでもキースのことを悪し様に言おうとしないジョミーの人の良さに更にブルーは好感を覚えます。あんなに小姑みたいに嫌みったらしく皮肉屋で鉄面皮の男でも、それでもブルーのたった一人の従兄弟には違いないのですから。

「それはそうなんですが、でも…いえ、そうですね。じゃあ、そろそろ鉢植えを表に出しましょうか。手伝ってくれます?」
「勿論だよ」

にっこりと微笑むジョミーにブルーも嬉しくなって早速エプロンの紐をきゅっと締めました。


……


カランコロン〜♪

「ありがとうございました〜!」

「お客も少し途切れたようだし、今のうちに一休みしてお昼にしましょうか」
「そうだね」

スウェナはもう大学に行ってしまったので空いている事務室でジョミーのお弁当を広げます。
スープジャーに入った野菜スープ、ジョミーの手作りだという素朴なパン、それからサラミとチーズ。

「君、パンも焼くの?凄いね!」
「ホームベーカリーを使っているんで別に凄いことはなにもないですよ。いつも焼いてるわけじゃなくて、たまにですし。母の焼くパンは一から手作りですけどなかなかそこまでは真似出来なくて」
「そうかな。普通に凄いと思うけど」
「そうだ、これ貴方に試してもらいたくて持ってきたんですよ。ちょっと匂いを嗅いでみて下さい」
「これ…蜂蜜?」
「はい」

小さな小瓶の蓋をキュッと開けると、ブルーの鼻孔をふうわりとかぐわしい花の香りが満たしました。ブルーが知っているような分かりやすい花の香りではありません。なんだか爽やかな、それでいてつかみ所のない…。

「これは…凄いね。こんなに香りの強い蜂蜜って初めてだ」

ジョミーはふふ、と悪戯っぽい色をその翠色の瞳に乗せて嬉しそうに微笑みました。

「それ、地元の養蜂家から分けてもらった蜂蜜なんですよ。漉してないから香りが強いんです。特に何の種類の蜂蜜ってことじゃなくて、ここらの山に自然に生えている野生の…まあ有り体に言ってしまえば雑草の花ってことなんですけど、そういう花の蜜なんです。だから花の種類も一種類じゃなくていくつも混じりあっているんですよ」
「へえ!」

なんだかブルーは感心してしまいました。考えてみればミツバチは空を自由にどこへでも飛んで行けるのですから、そこらへんの道端に生えているタンポポやレンゲの花からだって蜜を集めていてもおかしくないのです。けれどもこうやって蜂蜜という形でそれを目の当たりにしたのは初めてでした。少なくともブルーの中では蜂蜜というものは専用の農場のようなところで作られているという固定観念があったのです。

「僕は結構山歩きが好きなんですけど、お気に入りの場所があるんですよ。山の中にそこだけ一面ぱっと開けた野原で、市場には出ないような地味だけど色んな花が咲いているんです」
「へえ…」
「見た目も勿論綺麗なんだけど、特に早朝に咲き始めの花が凄く香るんです。一度お日様が上がってしまうと空気が暖まってしまって他の色んな匂いが混じってしまうんですけど、丁度夜明け前後の時間が空気も冷たくて一番香りが強いんです。夕方は夕方で、そこら中に残った花の香りが冷えた空気と混じり合ってまたそれが良くて」

ジョミーはブルーの手から蜂蜜の瓶を取ると、自分でもふっと香りを確かめます。まるで大事な宝物を想うような面持ちです。

「この蜂蜜は、そこに咲いている花の香りがそのまま閉じ込められているんですよ」

ブルーはもう一度自分でも大きく息を吸い込みました。行った事はないけれど、そのジョミーのお気に入りであるという野原に咲き乱れる花が目に浮かぶような気がします。そしてなんとなく心に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまいました。

「君って…なんだか蜂蜜に似ているね」
「え?」
「髪も黄金色でイメージ的にもぴったりだし、優しくてどこもかしこも甘そうだし」
「え、あの、ブルー」

一瞬きょとんとしたジョミーが、なんだか酷く慌てふためいた様子です。その上、みるみるうちに金髪で隠れた耳の端っこまで見る間に真っ赤になりました。そしてその時ブルーは初めて自分の口から滑り出してしまった台詞に気がつきました。

「…あ!ごめん、あの、なんだか今凄く変な事言ってしまったね、本当にごめん!出来たら忘れてもらえると…」
「いえ、あの…謝らないで下さい!僕、貴方にそんなこと言ってもらえるとなんだかとても嬉しいです」

色とりどりの花達に囲まれて目元を染めながら、ジョミーの顔は本当に大輪のひまわりが花開くようにほころんだのです…。



とうとう「研修」の最終日。ブルーはサムとスウェナに別れを惜しまれながら店を後にし、最後の日だからとジョミーがウィークリーマンションまで送ってくれることになりました。


「今まで本当にどうもありがとう。色んな事を学べてとても有意義な三週間だった」
「とんでもないです、こちらこそ…あの、来週からどうするんですか。住む家とか…」
「もう引っ越し先は決まっていて、業者も頼んでいるから何も心配いらないよ」
「そうですか…」

これだって嘘なのです。そもそもホテル暮らしと変わらない一時的な仮住まいなのに、引っ越しが必要なわけがありません。心なしかどこか残念そうに曇るジョミーの表情に、嘘ばかり重ねていくブルーの罪悪感は膨らむ一方です。

「それじゃ、これで…送ってくれてありがとう」
「ブルー」

車の座席から下りようとするブルーを、いつになく真剣で緊張したようなジョミーの声が止めました。改めてブルーはジョミーの顔を見上げ、そこでジョミーと目がかち合ってしまいブルーは海よりも深く後悔したのです。ジョミーが一心に自分を見つめてくる瞳から目を離せません。エメラルドのような瞳に吸い込まれていくような錯覚を覚えて、ブルーはくらりとしました。

「…貴方にどうしても伝えたい事があるんです」
「ジョ…」

(離れなければ…)
言葉を遮ろうとしたのに、時既に遅く、甘く掠れたような声がブルーの耳に届いてしまいました。

「…貴方が…好きです…」

夕日の逆光で陰ったジョミーの鼻先が段々近づいてくると、唇が優しく重ねられます。いつも繊細な仕草で花を扱うジョミーの大きな手がそっとブルーの頬を包みました。何度も啄むように口づけをかわすごとに段々と交わりが深くなっていきます。わずかに開いたブルーの唇の間からおずおずと熱く濡れたものが忍び込んできて、二人の舌先がそっと絡み合います。鼻にかかった甘い吐息が車内を満たします。

「…あ…」

やっと二人の影が離れたとき、二人は言葉もなく息を弾ませながら潤んだ目でただお互いを見つめ合うだけでした。

「ジョミー…」

が、やがてブルーがか細く消え入るような声で言いました。

「ごめん…」
「え?」
「僕は…駄目だ。君にはふさわしくない」
「どういう意味?」
「僕は嘘つきだから…」
「え…」

血を吐くようなブルーの告白は、きっとジョミーの予想していた反応とは全く違っていたのでしょう。ジョミーは血の気を失って青ざめた顔で蚊の鳴くような声で囁きました。

「…まさか…ブルー…、結婚してるの?奥さんがいるの…?」

蒼白になったジョミーの質問に、ブルーは慌てて首を振ります。いくらなんでも伴侶を持つ身で他所の男に唇を許すような人間だとは思ってほしくありませんでした。

「違う!まさか、そんなことはないよ!」
「それじゃあ、恋人がいるとか…」
「それもいない!」
「…よかった…」

ジョミーは固く目を閉じ、肩を落として心底ほっとしたように大きな溜息をつきました。そんな純粋なジョミーを振り回す不誠実な自分に気が咎めながら、ブルーは独り言のように呟きます。

「その、…既婚者だとか、人を殺したとか、犯罪に手を染めたとかではないんだ…。でも僕は君を騙してる。君だけじゃない、サムやスウェナや君のお母さんにも皆嘘をついているんだ。だからその…僕のような不誠実な者には、君の言葉を受け止める資格が無いと思う。だから…」
「ブルー」

ジョミーの表情がふと真顔になり、俯くばかりのブルーの顔を上げさせます。他所へ視線をそらすことは許されず、ブルーはジョミーの視線を真っ向から受け止めなければなりませんでした。ジョミーは真摯な表情で言いました。

「貴方に今付き合っているパートナーがいなくて、人を殺したり傷つけたりしていないなら…貴方の嘘の内容は分からないけれど、僕に一緒に乗り越えさせてくれませんか」

意外なジョミーの言葉に、ブルーの心臓がドキリと跳ねました。

「え」
「貴方みたいな人が何の理由もなく他人を騙す訳が無い。どうしてもそうしなければならない事情があった、そうでしょう?」

それは…その通りなのですが…。だってそもそもこれは身分を隠すことが大前提での企業視察なのですから!大袈裟に考えるブルーのほうがどうかしているのかもしれません。でもまさかこんなところで恋に落ちるとは誰が予想していたでしょう。しかもよりによってこんな子供相手にとは!最初から身分を明かすべきだった?確かに会長という身分を知らせた上で店の手伝いをさせてもらうことだって可能だったかもしれません。でもそれでは本来のブルーの目的からはだいぶ外れてしまいます。ブルーは肩書きを忘れ、身一つで自分の作った企業の中に飛び込んでみたかったのですから。でも従業員の側から考えてみたら、そんな卑怯な行為は彼等を信頼していない、スパイ行為も同然ではないでしょうか。自分の興した企業の実態を知るため、とても良いアイデアだとばかり思っていたのに、自分の好奇心で厭な思いをする人間もいるかもしれない。今の自分のしていることは、老獪な大人が何も知らない子供を騙して遊んでいるようなものです。やっと今になってブルーにもそれが分かるようになったのです。ジョミーは聡い子です。今は口に出せない裏事情があると察しながら、それでもその大きくて暖かいその手でブルーの冷たい手を優しく包みます。

「僕はまだ若造だし、大学も出ていないしがない花屋の店員です。貴方は確かに手先は器用ではないけれど学歴も教養もありそうだし、とても優秀な人なんだろうなと僕は思っています。僕はまだまだ貴方のレベルには追いつけないけれど、でもいつか貴方の悩みも全て受け止められるような立派な男になってみせるから。もし貴方に他に誰もいないのなら…今すぐにとは言わないけれど、僕のこと…真剣に考えてくれませんか?」

…それは違う!ジョミーのひたむきな告白に、ブルーは叫びだしたくなりました。
確かにジョミーは学歴こそないかもしれませんが、全テラトップのフラワーショップであるシャングリラ・フラワーズの更に売り上げトップの店を彼とバイト二人のたったの三人だけで切り盛りする、いわば金の卵を産むガチョウのような希有な存在なのです。ブルーがこねくり回す金融テクやシステム効率化のセオリーなどの後ろ盾が何も無くても、持って生まれた才能と人格だけでそれだけの偉業をなし得ているなんてそれだけでも素晴らしいことではありませんか。

それに…言われなくてもジョミーほどにブルーの惹かれてやまない相手はこの世界にはいません。別に急いで大人にならずとも今のままのジョミーにだって、もうすっかりブルーの心は奪われていたのです。だからこそ、卑怯な真似をして純朴な皆の良心を利用していた自分にブルーは恐ろしく気が咎めるのです。キースが店に視察に来て自分の素性がバレる可能性に初めて気づいたとき、ブルーはやっと気づいたのです。もし逆に自分がジョミーの立場だったなら、ずっとそんな嘘をつかれていたならばとても傷つくだろうと…。嘘で固めた自分がこの純粋な青年の気持ちを受け取るのは間違っている。そう思い、ブルーはそっとジョミーの手を外しました。とても彼の目を見ることが出来ず、目を伏せます。ひゅ、とジョミーが緊張に息を呑む音が聞こえました。

「…近いうちに、君にも全て分かるよ。それだけは約束する。でも…そうしたら君はきっととても僕に幻滅すると思う。だから…今の君の話は聞かなかった事にする。どうか、君も忘れてくれないか」
まるで砂を噛むような思いで、ブルーはそれだけの言葉を絞り出すのがやっとでした。
「ブルー…」
「今まで本当にありがとう」

身を切られる思いでブルーはジョミーから身を剥がし、車のドアを閉め、後ろも振り返らずにウィークリーマンションのエントランスに向かって一直線に振り返らずに歩いて行きました。自分の立場も考えず、流されてしまった自分がばかだったのです。しかも、大人のくせして自制心が利かずに唇まで許してしまって…。自分のようないい年をした大人が、企業経営の理屈を振り回してあたら将来のある若者の気持ちを弄ぶなんて最低なことです。あの優しい花屋の青年は、きっと酷く傷ついた顔をしているに違いありません。ふがいない自分の気まぐれな思いつきのせいで、あの太陽のようなひとに似合わない暗い顔をさせてしまった…。
(騙して、ごめん…)



ブルーが去った後の車の中でジョミーは一人、ハンドルに顎を乗せ、珍しく眉に皺を寄せながらしばらく何か深く考え込んでいました。が、黄金の髪の若者はやがて何か吹っ切れたような面持ちで携帯電話を取り上げると、アドレス帳にあったとあるナンバーを選択しました…。




***************************************
なんとなく文中にあると読みづらいと思ったので挿絵は↓に移動しました〜。























Comment
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2015/10/03(土) 20:58:40 | | #[ 編集]
Re: ありがとうございました(*^^*)
こんにちは!お名前なかったのですがアナコン太さまですか?(^^)

シャングリラ・フラワーズ楽しんでいただけてなによりです(^。^)正直勢いで書き上げたので色々と無茶苦茶なのですが、きちんとしなきゃ…などと考えているとアップできなくなるので…。

年下攻めいいですよね!シン様も勿論好きなのですが、最近シン様のことを考えるといかにしてシン様をヤッてしまおうかみたいな方向に妄想が飛んでしまうことのほうが多いです(ーー;)ワタクシが当初シン様妄想を色々してた頃はあんまりワルなシン様を見かけなかったのですが、今はワルいシン様の方がポピュラー(?)なような気がするのでまたもや違うことをやりたくなるというへそ曲がりです…(ーー;)

読んで下さってありがとうございました♪(^。^)
2015/10/04(日) 21:51:12 | URL | ASIA #-[ 編集]
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2015/10/05(月) 05:33:46 | | #[ 編集]
Re: すみませんでした(T_T)
いえいえお気になさらず〜(^。^)
手…手はですね…カラダと同じくらい難しくて大変です。つ〜か人体はどこを描くのも大変(笑)

あ、あと非常に余談ですが宵ではなくて「夜な夜な」だと思います!(^。^)
2015/10/05(月) 09:34:54 | URL | ASIA #-[ 編集]
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2015/10/05(月) 20:55:28 | | #[ 編集]
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