ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:シャングリラ・フラワーズ(完)
お待たせいたしました!(最近こればっかり)やっとのことでシャングリラ・フラワーズの最終回です。まさか完結まで五年もかかるとは…(ーー;)というかそもそも前回をアップしたのってつい最近のような気がしてたんですが、なんともう半年前だったというショックショック大ショック(ーー;)でもでも!良く良く考えてみると、前回と今回の間に日本に2回、ハワイに1回、ボルティモアに1回、ペンシルバニアに2回出張してるんですよね。時間が飛ぶように飛んで行ってしまったのも仕方ないことです…と思いたい…(ーー;;;;)そうだよそれを考えたらお絵描きが全く増えていないのも仕方のないことであ〜る(開き直り)

ちなみに今回の内容に出ている支援制度についてですが、アメリカでは割と珍しくないシステムです。今までの職場三カ所ともどこも同じ制度がありました。でも次回の転職先にはないのであった…。ワタクシ本人はもう別にいいんだけど、子供の分が出ないのはやはり大きい!(ーー;)勿体ね〜(涙)

というわけで↓を少しでも楽しんでいただけると幸いです!(^▽^)










「二時に面会の約束を頂いてますジョミー・マーキス・シンですが」
「承っております。すぐに担当の者が参りますので、しばらくそちらにおかけになってお待ち下さい」

着慣れないスーツを着たジョミーは、言われるままにぎこちなく受付の秘書に示されたロビーのソファに腰掛けました。普段スーツが必要になることなど滅多にないため、ジョミーは実家に立ち寄って亡くなった父のスーツを借りて来たのです。ジョミーは父に比べると少々痩せ型でしたが、幸いジョミーは背も同じくらいに伸びましたのでとりあえず父のスーツで間に合いました。亡くなった父も花屋でしたのでスーツを着る機会は殆どなく、冠婚葬祭の全てをその一着で済ませていたのだとジョミーの母は笑いながら出して来てくれたのです。自分も今は独り立ちしたわけだし、一人前の男としてはスーツの一着くらい持っているべきかなあ…などとジョミーは思いを巡らせておりました。

待合室らしいそのロビーには、他に数人が所在無さげに座っています。いかにも洗練された身なりの黒髪の若い女性が一人、落ち着いた雰囲気の長い髪の女性が一人、そして落ち着かない様子できょろきょろ辺りを見回すお上りさん風の黒人の女性が一人。と、まさにその黒人女性とジョミーの視線がバッチリ合ったかと思うと、その女性はジョミー気さくにに話しかけて来ました。

「アンタもひょっとして社長室に呼び出されたクチかい」

ジョミーはドキッとしました。そう、ちょうど一週間前にジョミーは本社に直々に出向くよう文書で通達があったのです。それは非常に珍しいことでした。地区の定例報告会には勿論出席することはあるのですが、わざわざ本社まで呼び出されたのはバイトから店長に昇格した二年前、キースと面談した時のみです。

「はい…」
「へえ。奇遇だね、アタシとそこに座ってる二人もそうなんだよ。みんな二時のアポらしいから、同じ会議にでも呼ばれてるのかと思ってさ。まあこちらの二人はデザイナーさんらしいから本社は初めてじゃあないらしいが、アタシはただ工場で汗水垂らして働いてるだけのしがない肉体労働者でね。なんでこんなところに呼び出されるのかサッパリ分からないわけ。こんなお綺麗なところはあんまり縁がなくて、なんかこう、落ち着かなくてさ」

鼻の脇を掻きながら正直に吐露するその女性にジョミーは好感を抱きました。その女性の普段の働きぶりはジョミーの想像の及びもつきませんでしたが、彼女の意見にはジョミーも同感でした。同じ会社の筈なのに、全体ガラス張りで神々しい程にそびえ立つ高層ビルは日頃ジョミーが働いている素朴な店舗とは全く雰囲気が違います。埃一つ積もっていなさそうなシャンデリアや磨き上げられてツヤツヤ光る床、洗練された調度品一つ一つに至るまで漲る緊張感はまさしくテラを代表する大企業のものでした。

「あんた見たところ若そうだけど、やっぱりシャングリラ・フラワーズで働いてるのかい?」
「はい、アタラクシアで雇われ店長をやってます」
「へえ!大したもんだね。あ、アタシはブラウってんだ。よろしくね」
「ジョミーです、こちらこそ」

そんなやりとりのさなか、物腰の柔らかい巻き毛の青年がバインダーを手にやってきました。

「大変お待たせいたしました、ミス・ミシェル。ミス・エラ。ミス・ブラウ。それからジョミーさんですね。どうぞこちらへ…」


チリ一つ落ちていなさそうに磨き込まれた廊下は複雑に入り組んでいて、先導する秘書らしき青年がいなければ迷子になってしまいそうでした。やがて通された会議室には、ジョミーの見知った顔も含めた数名が既に待っていたのです…。






「…というわけだ、最終的に君達従業員を騙してしまった形になったことに関しては謝罪させてくれたまえ。が、部下の報告だけでは分からない現場の空気に触れ様々な情報を収集出来て僕としては大変に得難い経験だった。心から感謝する。」
「…まさかアンタがシャングリラの会長さんだったとはねえ…道理でなんか良いところのお坊ちゃんぽいと思ったよ」

ブルーが一通り簡潔に「研修期間」の種明かしを済ませると、ブラウが一人で感嘆の声を上げました。ミシェルとエラは少々複雑な表情をしています。残るジョミーは…ブルーはとても怖くてそちらの様子を伺うことが出来ません。が、この場で発表していかなくてはならない議題が山のように待っていましたので、ブルーはいつものように自らの心を押し殺して先を続けました。

「そこで、今回僕が研修をさせてもらった君達の現在の処遇についてだが、僕なりに色々と気づいた点がある。それに基づいて幾つか提案があるので聞いてもらいたい」

居並ぶ四人の間に緊張感が走ります。

「まずは…エラ女史。」
「…は、はい」

思慮深い彼女らしく、どことなく難しい顔でブルーの種明かしを聞いていたエラがびくりと返事をしました。

「アルタミラ・シティ店舗の現在の問題点に関してだが、シャングリラ・フラワーズのショップとしての知名度を広めるため、積極的に君の意見を取り入れて地元のイベントや中小企業とも連携して我が社のサービスを提供することを考えている。」
「…はい」
「現在アルタミラ・シティ管轄担当のゼルは地元マーケットの事情には疎い。そこで、近々彼を視察を兼ねてアルタミラ・ショップにしばらく派遣する予定だ。直に彼自身の目で現状を確かめさせたい。その上で、是非君にはゼルと共同で企画書を提出して貰いたい。そのため彼が到着するまでに幾つか君の提案を纏めておいて本社にも直接コピーを送って欲しい。最終的に彼の理解を得られないようならば勿論直接こちらに直談判してもらって構わない。君を引き抜いたのはプロとしての君の目とベテランのデザイナーとしての腕を見込んでのことだ。現状のまま客の来ない店であたら君の才能を埋もれさせてしまうのはこちらとしても本意ではない。分かるね。」
「…!はい…!」

エラの顔が輝きます。

「それから、ミシェル。」
「はい」
「いつまでも同じ型にはまろうとせず、自力で新たな知識を吸収しに行く君の意欲は非常に貴重なものだ。君にはその可能性を最大限に生かしてもらいたい。そこで、本社のデザイナー・チームの一員として君を抜擢することになった。それと、君なら服飾ブランドのノアは知っているね。そのノア・ブランドのファッションショーとの提携プロジェクトが現在企画段階で進行している。リード・デザイナーは経験のあるエラ女史に引き受けてもらうが、在庫の調達は地元であるノア・ショップが一番地の利がある。そこで、その共同プロジェクトのローカル責任者として君を任命したい。このプロジェクトの成功は君にかかっていると言っても過言ではない。」
「え…そんな、何の経験もない私がそんな重大な役目を引き受けてしまって本当にいいんですか、信じられない…」
「君のセンスを見込んでのことだ。イベント・コーディネーターはベテランをノアに送るが、その企画で得た知識を生かして将来は君自身がコーディネーターとして主力となって動けるようになってもらうことが目標だ。それと、君が今まで自費で参加していたフラワー・ショーについてだが、我がシャングリラ・フラワーズにはスタッフ育成システムの一環として、デザイナー研修等のサポート支援費用の予算がきちんと割いてある。これからは詳細を提出すれば実費は全て本社から払い戻されるので領収書を準備の上、忘れずに経理部に話を通しておくように」
「はい…!」
「情報伝達の落とし穴を埋めることもこれからの課題の一つだ。現在人事部の方で福利厚生に関する情報を見直し中だが、ゆくゆくはこういった本社発信の情報が個々の店舗にきちんと行き渡るようなコミュニケーションシステムを構築したいと考えている。君からも意見や要望があれば遠慮なく本社に伝えてもらいたい。」


「ブラウ」
「あいよっ」
「僕はあれほどに厳しい肉体労働を経験したのは生まれてこのかた初めてだった」
「…そうだろうねえ…そのアンタの細腕じゃあねえ…」

何かを思い出したようにブラウの目が悪戯っぽく細められます。相手が会長と知ってもなお、ブラウはブラウでした。そんな飾り気の無い彼女らしさをブルーは好ましく思います。

「ノルマを超えて業務を達成しても、それが正しく従業員の業績として評価されないのは間違っていると僕は考えた。そこで、工場に今回新しく生産高を記録・管理するためのコンピューターシステムを取り入れることを決定した。シャングリラ・フラワーズのIT部門はこれから拡張していく予定だが、その手始めとして新しいネットワークプランを構築中だ。目標は一ヶ月後。システムが完成した暁には、まずは君にテストユーザーとして試運転してもらいたい。」
「へ?アタシにかい?コンピューターなんて使った事ないけど…」
「テクノロジーに弱い作業員でも簡単に使いこなせるシステムを構築することが我々の第一の目標だ。つまり君が使えないようでは失敗作と言える。今までは生産量の記録は全て紙の記録に頼って来たが、それではエラーも多くなるし個々の従業員の勤務成績が反映されにくい。加えてこんなことは考えたくはないが、改竄されていても本社側には分からない。だが、この新システムを導入することで、従業員一人一人の生産量を直接工場の端末から入力することが可能になる。データは工場長を通す必要なく直接本社に送られてデータベースに記録され、成績の良い者には自動的に計算されてそれなりのボーナスがつくようになる。良い事づくめだ」
「はあ…良くわからんけど、まあ頑張ればいいことあるってことだね」
「その通りだ。従業員の働きぶりは正当に評価されるべきだからね。大の大人へのご褒美がスナック一袋だなんてとんでもない話だ」
「あはは、そりゃあ違いない!」

ブラウはいつもの人の良さそうな顔で豪快に笑いました。



「最後に…ジョミー」
「…はい」

ブルーは極力ジョミーと視線が合わぬよう、手元に置いた資料に目をやるふりをして言葉を繋ぎました。

「君が店長を勤めるアタラクシア・ショップは我がシャングリラ・フラワーズの店舗全てのトップ業績を常に記録している。僕は当初何か君の店舗で取り入れている独特のシステムでもあるに違いないと考え、それを他の店舗でも適用できないかと考えた。が、結局のところ君の店舗の売り上げの秘密は、最終的には君と店舗のスタッフ達の人格とその前向きな勤労意欲に尽きる。その上君の働きぶりや現在の店舗の状態には今のところ全く改善すべき問題点がない。むしろ本社が手を入れることで今のバランスが崩れるほうが好ましくない。そこで僕は考えた」
「…はい」
「我がシャングリラ・フラワーズにおいて最も大事な財産は、君たちを含めた従業員の一人一人であるという事実を、今回僕はこの身で体感することが出来た。良い従業員を育成、確保することが長い目で見ればシャングリラ・フラワーズの更なる発展に繋がると。そこで僕はシャングリラ・フラワーズの福利厚生自体を見直すことにした。その結果として、福利厚生の一環として、このたび我が社でも学費支援制度の項目を加えることを決定した。」
「?」
「フルタイムの従業員が大学や大学院に通いたいという希望があれば、その学費を会社が負担するということだ」
「!」
「それに加えて未成年のスカラシップ制度も導入する予定だ。つまり、成績を含めた条件をクリアした現役高校生を対象に、その大学費用を同じくシャングリラ・フラワーズが成績レベルに合わせて一定金額の支援をする。その代わり夏休みにはシャングリラ・フラワーズでインターンとして働くことが条件だ。社会人としての経験も積むことが出来るし、企業側としても若いうちに良質の人材を育成出来るという一石二鳥のシステムだ。いわゆる青田買いだな」

テラでは高校までが義務教育なので誰でも公立であれば高校まで卒業することが出来ます。が、大学となれば別問題。ジョミーは当然のように母の元で暮らす小さな弟や妹達の顔を思い浮かべました。スカラシップを受けられる条件がどれほど厳しいものかは分かりませんが、もしこれが本当に現実のものになるのであれば、母の負担がどれほど減ることでしょう。そして自分も…勿論店の仕事はありますが、昨今夜間大学やオンライン大学など可能性は幾らでもあります。学費のために大学進学を諦めなくてもよくなったのです。一部のハイテク企業で似たようなシステムは聞いたことがありますが、今自分の好きな仕事を続けながら学校に通えるなんてなんと素晴らしいことでしょう。



「…ということで僕の話は以上だ。どれもこれも実際に店舗で働いてみなければ分からない情報を沢山得ることが出来、非常に有意義な『研修』期間だった。僕のような素人を一から指導してくれた君達には大変感謝している。僕の我侭の迷惑料、そして御礼として、気持ちばかりだが大手ネットショップで使用出来るギフト券を用意した。帰り際に秘書のマツカから受け取ってくれたまえ」


極力ジョミーの目を見ないようにして、あくまでビジネスライクにブルーは纏めました。後は何事もなかったかのように会議室を出ていつもの会長室に戻れば良いのです。

が、腰を上げようとしたブルーを今まで黙って聞いていたキースが手を上げて牽制するではありませんか。何か付け加えることでもあったのでしょうか。ブルーは不審に思いながらもまた改めて椅子に座り直します。


「ここからの話はここに来てもらっている君達に直接関連があるというわけではないが、これからのシャングリラ・フラワーズの企業としての方向を考えていく上で出来れば念頭に置いて貰いたい。特にジョミー」
「…?」
「先月シャングリラ・フラワーズはアタラクシア店舗の隣の商業用ビルを買い上げた。外部も内装も完全に改装し、小規模だが新しいオフィスをオープンする予定だ。」
「アタラクシア店の…隣?」
「アタラクシア・シティの店舗は全テラでもトップの売り上げを上げているし、スタッフが店に来る客ともコミュニケーションを密に図れている大変成功している店舗だ。それを利用しない手はない。目下我が社でのオンライン部門での大きな欠点の一つは、消費者の生きた声やリアルタイムの感想が生産側に届きにくいという点だ。そのためアタラクシアにこの先シャングリラ・フラワーズで新しく企画されるギフト関係の新商品やアレンジメントの試作品のテストマーケットを設置する。消費者の意見を忌憚なく調査出来るという点ではアタラクシア・シティが最適だ。そしてゆくゆくはそこで多種のイベント、例えばフラワー・アレンジメント教室や子供向けの園芸教室なども実験的に開催する予定だ。消費者の反応が良ければ他の都市でも同じ企画を開催することとなる。」

(えっ)
(聞いてない…僕はそんな話は聞いてないぞ、キース!!)

立て板に水の体で滔々と話を続けるキースですが、ブルーにとっては寝耳に水の上にかなりの爆弾宣言です。よりによってジョミーが店長をしている店の隣に本社直結の衛星オフィスそしてテストマーケットを置くだなんて…確かにビジネスの視点としては非常に合理的な決断ではあるのですが、キースのやることです。何か他に意図があるのでしょうか。動揺のあまりに一人で赤くなったり青くなったりしているブルーを尻目に、キースは淡々と続けます。

「まあこれは本社側の事情なので特にアタラクシア店舗の責任が増えるとか役割が変化するというわけではないが、そういうわけで将来立ち上げうる数々の合同企画に意見を貰う機会もあるかもしれん。それと店を覗きに本社からの顔ぶれが増えるかもしれんが特にプレッシャーを感じる必要はない。現在成功している店舗のバランスを崩すことはこちらも本意ではないからな。これからもよろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」



息せき切ったブルーが真っ赤な顔でキースのオフィスに飛び込んできました。

「キース、一体どういうつもりだ!」
「何か不都合でもあったか」
「君、わざとアタラクシアの物件話を僕から隠していただろう!」
「俺はテストマーケットのアイデアに関してはきちんと報告したぞ。場所は未定と記載しただけだ」

キースは書類から顔すら上げようともせずきっぱりと答えました。
(ハメられた…!)

「お前も自分の目で見ただろうが、俺はアタラクシア店舗の重要さを決して軽視していない。実際アタラクシアには頻繁に視察に足を運んでいるし、あそこに簡易でも最低限のインフラが整ったオフィスがあれば本社までとんぼ返りしなくても通常業務が行えるから業務の効率化にも繋がる。何か問題があるのか。」
「…いや…ない…が…」
「俺は自分の仕事を遂行しているだけだ。第一お前に現場の指揮を取れなんて一言も言っていないぞ。お前の個人的な思惑はどうあれ、ビジネスとは切り離して考えてもらわないと困る。腐っても会長ならな」
「うぐっ」
「話がそれだけならさっさと出て行け。俺は忙しい」

なんとなく萎れて自分の会長室に戻って来たブルーは豪奢なデスクの上に突っ伏しました。後ろめたい気持ちを隠してジョミーの前で演説をぶっただけでも大層体力を消耗したというのに、キースの爆弾発言で更に気力を削り取られてしまった気分です。ブルーは先程のミーティングの様子を思い出してみました。

キースの話が終わって立ち去ろうとしたブルーの視界に最後に映ったのは、ミーティングが終わった途端にミシェルに駆け寄って上気した顔で何か熱心に話し込むジョミーの姿でした。ジョミーがあんなに照れくさそうな表情で女性と話をするなんて…。ミシェルは確かに若くて今風のオシャレな美人です。年上の男でしかも身分詐称までするような卑怯な自分と比べて目移りされても仕方がありません。ブルーは確かにキースの言う通り、現場にマメに足を運ぶようなことはしたことがありません。が、そのような重要な拠点をアタラクシアに置くということは自分も全く無関係ではいられないということです。あんなに気まずい別れ方をしただけでも気が重いというのに、それこそジョミーの新しい恋が始まるところをこの目に見せつけられることもあるかもしれません…。

「……あ〜……」

ブルーはそのまま、困り顔のマツカが「あの…この決済の書類にサインをお願いします…」とおずおずとやってくるまで、デスクの上で頭を抱えっぱなしでした。






数ヶ月後。

ブルーは仏頂面でアタラクシア・シティに向かって車を走らせておりました。新しくシャングリラ・フラワーズが購入したアタラクシアの持ちビルの改装工事がほぼ完了したのでその下見です。そこを利用するのはもっぱらブルーではなくキースなのだ、自分には関係のないオフィスなのだからと自分に言い聞かせながらも、ブルーの気持ちは大変に複雑なものでした。

新しい店舗がオープンする折には必ず会長として一度は足を運ぶブルーです。アタラクシアの新オフィスも一度くらいは見に行っておけとキースにしつこく言われ続けて渋々重い腰を上げたのですが、ブルーがやっと出かける気になったと見るや否やすぐさまキースに余計な用事まで言いつけられてしまったのです。

「アタラクシアに行くならちょうどいい、人事部に提出する学費支援の必要書類があるからジョミーのところに直接持って行ってやってくれ」
「君、僕を使いっ走りにしようっていうのか!大体何故郵送にしないんだ」
「シモジモのヤツらの気持ちを理解するために『研修』とやらを受けていたんじゃないのかお前は。俺は立ってる者は親でも使うぞ。いつもの社用車の中に置いてあるからさっさと持って行け。大体ジョミーは我がシャングリラ・フラワーズで学費支援を受ける被験者第一号なんだぞ。会長自ら手渡ししてやるのが妥当というものだろう」
「…」
「ヤツのように優秀な人材は我が社にとって貴重な存在だからな。お前も腐っても会長なら会社のために一肌脱いでこい」

被験者…さすがキースは言葉の選択もひと味違います。きっと彼は本気でそう思っているのに違いありません。とにかくブルーはキースに反論することは諦めたのです。

実のところブルーは新しいビルの内装についてはキースに丸投げで自分は完全にノータッチだったのですが、改装されたばかりの新しいオフィスは本社のような煌びやかなところは一つもなく、実務優先なデザインで、いかにも全てにおいて実用性を重視するキースの好みが反映されているようでした。ブルーも別段派手好みというわけではないのですが、本社のビルはそれなりの内装にして箔を付けたほうが良いというキースの提案だったのです。

一通り見て回ると、ブルーは一旦停めてあった車内に戻って運転席でしばし悶々と一人で思案に暮れていました。しかしよく考えてみるとここまで悩むのもどうかしているかもしれません。お互い良い年をした大人なのですから、何事もなかったかのように会話をすれば良いだけではないですか。ジョミーだってあんな会話のことなどすっかり今頃忘れ去っているかもしれません。シャングリラ・フラワーズの新しい福利厚生を利用する記念すべき第一号のスタッフ。一企業の会長として、頑張れとただ叱咤激励すれば良いだけの話です。グダグダ悩むほうがどうかしているのです。ブルーはやっと覚悟を決めて携帯を手にしました。

店はもう閉まっている筈ですが、中にはまだ灯りが灯っています。のろのろとブルーはメモリからジョミーの電話番号を選択しました。呼び出し音が鳴っている間、ブルーの目はただぼんやりと「シャングリラ・フラワーズ」の看板の文字を眺めていました。

専属デザイナーにデザインさせ、プロの看板屋を雇って製作させた筈のそれは、何故だかブルーに亡き祖父の手書きの看板をどこか彷彿とさせたのでした。どの店舗のロゴも同じ筈なのに、一体何故この店の看板だけが違って見えるのか、ブルーには皆目見当もつきません。今にもあのドアが開いて、「やあブルー、待たせたね。いい子にしていたかい?それじゃあおじいちゃんと一緒に家へ帰ろうか」などと緑のエプロンをつけたままの祖父があの皺だらけの手でブルーの頭を撫でてくれるような気がするのです…。理由は全く分かりませんが、アタラクシア・ショップだけにブルーに郷愁を抱かせる特別な何かがあるのは確かなようでした。あのジョミーのことです、そんな特別な魔法のような力があっても全く不思議ではないとまでブルーは思うのでした。

すると、携帯電話の相手が応答することがないままに、ショップのドアがもの凄い勢いで開き、中から携帯を手にしたジョミーが走り出て来ました。ブルーの車を見つけて運転席の窓までジョミーがやってくると、ブルーは諦めの境地でオートウインドウを開けます。

「ブルー!良かった…貴方がアタラクシアに来てるってキースさんから連絡があったんですよ。着信番号を見て、もしかしたら外にいるかもしれないと思ったんだけど、本当に…」
「いや…僕はただキースに頼まれて学費支援の書類を渡しに来ただけだから。ほら、これ。僕が言うのもなんだけど、頑張ってくれたまえ。君なら出来る」

なるべく早くにここを立ち去ろうと、死んだ魚のような目で今まで何度も脳内で練習した通りに棒読みで型通りの激励を口にして書類の入った封筒を渡すのもそこそこにウインドウを閉めようとしたブルーでしたが、ジョミーの手ががっしりとそれを阻むのです。

「あの…どうしても貴方に見せたいものがあるんです。ちょっと店の中まで来ていただけませんか?」
「いや、その、僕は…」
「お願いします」

息を弾ませながら懇願する、いつもの朗らかな彼からはとても似つかわしくなく強引なジョミーの押しに負け、ブルーはやはり今度も反論出来ずに車のエンジンを停止しました。一体彼が何を見せようとしているのかは知りませんが、こうなったらさっさと見るだけ見て退散したほうがこの場で押し問答を続けるよりも早そうです。ビジネスの駆け引きの場では決して誰にも引けを取らないブルーですが、ここのところ、特にプライベートではまるで別人のように周囲に翻弄されることばかりです。

(今日は誰にも勝てない日だな…)

ジョミーはブルーを店の中に通すと、窓ガラスに「本日閉店しました」のサインがかかっていることを確かめてから扉を閉めました。

「で、僕に見せたいものというのはなんだい」
「ええ、ちょっとここで待っていて下さいね」

ジョミーはブルーにそう言うと裏に一旦引っ込みます。待っている間、ブルーは所在なげに店の中を見回しました。外では既に日が落ちようとしており、辺りの町並みの風景は段々と暖かな色をした夕闇に覆われ始めています。研修に来ていた頃はこのような時間帯に店にいることが無かったので、ブルーにとっては初めて見る店の顔です。

外は薄暗くとも、アタラクシアの小さな花屋は昼間とはまた違った別の不思議な暖かみを感じる場所でした。久々に来たにも関わらず、花達がこぞってにこやかな笑顔でブルーを歓迎してくれているような気がします。人間の思惑など全く関係なく、可憐に色とりどりに咲き乱れる花達とその香しい香りに囲まれているだけで、少しずつブルーの緊張も溶けていくような気がします。棚を一目見ただけで、どれだけ店の人間が細心の注意を払い、愛情を持って丁寧に花を扱っているか、今のブルーには良くわかります。それもジョミーが教えてくれた大事なことです。あるものは淡く、あるものは鮮やかに、どれもそれぞれの姿のままに美しく咲き誇る花達を眺めているだけで、自分の抱えている悩みもなんだかちっぽけで矮小なもののようにすら思えてくるのでした。

「ごめんなさい、お待たせしました」

ジョミーがやっと戻ってきた頃には、ブルーもいつもの落ち着きを取り戻していました。

ジョミーは裏のガラスケースに仕舞ってあったらしい透明なプラスチックの箱をなるべく揺らさないように細心の注意を払って手に乗せて持って来ると、そっとブルーに差し出しました。パーティー用のコサージュなどを入れるタイプの軽いケースです。

「あの、これ…作ってみたんですけど…もし嫌でなかったら貰って頂けませんか」
「?僕にかい?なんだい、これ…?」

頭を疑問符で一杯にさせながらブルーが箱を怖々開けてみると…ケースの真ん中に、掌に乗るよりも更に小さなサイズの白い花が一輪だけ、ふわりと乗っています。僅かな緑色のがくと花びらの他にはリボンもセロファンも何も見えません。
ブートニアというには小さすぎるそれを視線の高さまで掲げて目をすがめてよくよく見てみると、それはなんと、生花で出来た指輪ではありませんか!
ブルーも初めて見る、生きた花を使って作られたその指飾りにブルーは息を呑みました。
繊細な茎が何重にも絡み合って作られた台座、そして宝石が組み込まれている筈の場所にはひっそりと、控えめな小さな白い薔薇が花開いています。

「…こ、これ…」

自分の手のひらに乗っているとても小さなその生きた装飾品が凛として自分を見返しているようで、ブルーはうまく言葉が出せません。

「これ…まさか…まさか、僕に…?」
「はい。あの、この間本社に行ったとき、あそこに来ていたミシェルさんに頼み込んで作り方を教わったんです。ブルーが彼女のことを流行に詳しいデザイナーだと言っていたので…」
「えっ」
「最初の幾つかの試作品はなんだかいびつになって失敗作だったんですけど、やっとなんとか巧く作れるようになったからどうしてもブルーに見て欲しくて」

余程の自信作だったのでしょう、指輪を見つめるジョミーの目がとても満足げに細められます。それではあのミーテイングの後、目をキラキラさせながらミシェルと話し込んでいたのは、このためだったのでしょうか。興奮で頬を紅潮させていたジョミーの想いは、ミシェルに向けられていたわけではなくて、本当は…。

頭が真っ白でなんと答えて良いものか分からないブルーはケースを掌に乗せたままただただジョミーを見つめるばかりです。と、ブルーの掌の上で控えめに咲く花を眺めていたジョミーが改まった表情でブルーに向き合いました。その時おや、とふとブルーは思いました。研修期間の間はほぼ同じくらいの背丈だった筈なのに、今はジョミーの顔を見るために少しブルーが目線を上に上げなければなりませんでした。少しずつですが、なんとまだジョミーの背は伸び続けているようです。さすが若者は違うなあ、とブルーが成長期の子供に微笑ましく感じ入る暇もなく、ジョミーは更なる爆弾を落としました。

「実は僕、本社に呼び出されたときはもう貴方がシャングリラの会長だって知ってたんです」
「えっ」
「キースさんが店に視察に来てからなんだか貴方の様子がおかしいなってずっと思っていたんです。きっとキースさんと何かあったんじゃないかと思ってキースさんに電話したら、あっさり『ああ、ヤツは俺の従兄弟で会長だ』って教えてくれて」
「…」
「最初はちょっとショックだったけど、そう考えてみたら何もかも腑に落ちたというか…」

ブルーは思わず眉間を押さえました。全くあの従兄弟は言葉を飾るという事を知らないのでしょうか。

「キースは…他に何か言っていたかい」
「ええと…ブルーには余計な事をゴチャゴチャ言わせずにストレートに攻めろってアドバイスを貰いました」
「…」
「実力行使のほうが効き目があるとか、素直じゃないが意外に押しに弱いタイプだとか、メシはしっかり食わせろだとか、あと…」
「…いや、もう分かった、もういいよ」

ブルーはますます頭が痛くなり、手を挙げてなおも言葉を続けようとするジョミーを制止しました。ただでさえ日頃から辛口な従兄弟の本音など聞かされようものならどれだけダメージを受けることになるやら…。だが待てよ、とブルーはふと気づきました。いかにも「娘をよろしく頼む」系のキースのアドバイスとやらの数々。そしてアタラクシア店の隣の新オフィス。いくら鈍いブルーでも何らかの陰謀を感じざるを得ません。

「僕…ひょっとして外堀を埋められてる?」
「はい!ブルーを僕に任せていただけませんかと思い切って聞いてみたら、あっさりと『お前なら構わん』と」

やけに明るく答えられてブルーは頭を抱えました。どうやらブルーは正攻法では落ちそうにないと悟ったジョミーはまずは根回しに奮闘した模様です。それにしても若い割になんと手際の良いことでしょう。優秀な人材というキースの台詞もさもありなんです。まさに将来が末恐ろしい逸材です。そして、それを拒否出来ない自分の心を今となってはブルーはイヤというほど自覚しておりました。

「社会的地位も年齢も釣り合わないのは分かり切っていますけど…どうしても諦めきれなくて」
「ジョミー」
「今は僕はまだ若造で全然頼りないのは分かります。でも、学位も取って貴方を支えられるように成長してみせます。今すぐにとは言いません。僕のこと…考えて貰えませんか?」
「ジョミー…」

知らず知らずのうちにブルーの頬が熱くなります。確かに社会的地位だけ見れば、全テラきっての大企業のエリート会長と、しがない街角の花屋の二人。けれども…。

「僕のほうこそ…こんなに不器用で、自分一人では花一本満足に飾る事も出来ないし…」
「ブルー」
「僕は…君みたいな人をすっと探してた。祖父の大事な夢を叶えてくれたのは僕ではない、君だ。…君がいてくれて…本当に…」

声が震え、それ以上はもうまともにジョミーの顔を見ることすら出来ず、ブルーは花の指輪を見つめるふりをして顔を伏せました。ジョミーはトマトのように真っ赤に染まったブルーをそっと抱き寄せました。ああ、とブルーは暖かい腕の中に包み込まれて今まで詰めていた息を大きく吐き出しました。同時に肩の力が抜けたブルーの体を、ジョミーがしっかり受け止めてくれます。ここがずっと探していた僕の居場所だ。この腕以外に欲しいものなんてない…そのままジョミーの胸に顔をうずめると、ブルーの大好きなジョミーの大きな手が、優しくブルーの髪を撫でてくれました。

もの言わぬ色とりどりの花達が優しく見守る中、二人の影は一つになったまま、いつまでも離れませんでした…。






更に数ヶ月後。


「ただいま〜!」
「おかえり、早かったね」

キッチンテーブルでノートパソコンのモニタの中、書類と睨めっこしていたブルーが振り返ると、大輪の花のような笑顔をほころばせた若い恋人に頬にちゅっと軽く口づけられました。ダイニングの壁にかかったカレンダーの明日の日付に大きく赤い印がつけてあるのをジョミーが横目でちらりと確認します。

「車があったからまさかと思ったけど…休暇は明日からじゃなかった?」
「会議を前倒しにして早めに片付けてきたんだよ。その…」
「?」
「早く、君の顔を…見たかったから…
「…」
「…」

ジョミーは背に下げていたリュックをどさりと床に落とすと、ブルーの隣の椅子を引いて腰掛け、まっすぐブルーと目線を合わせました。座っているのに何故かジョミーの顔を見るのにブルーは目線を少し上に上げなくてはならず、ああ、また背が伸びたんだな、とブルーはふと気づきました。そろそろ成長期は終わっていても良い筈なのに、ジョミーの背は少しずつブルーよりも高くなっていくのでした。

「ごめんなさい、ブルー。ちょっとよく聞き取れなかったんです。今、なんて?」

きっとジョミーには最初から最後までしっかり全部聞こえていたのでしょうが、にこにこと機嫌良さそうに見つめてくるその笑顔に大抵ブルーは勝てないのでした。

「……その…」
「はい?」
「君に早く、会いたかったんだ」

今度はきっちり、ちゃんと最後まで普通の声で伝えることが出来ました。どうやら合格点だった模様で、ジョミーの目がそれはそれは嬉しそうに細められます。

「良く出来ました」
「か、からかわないでくれないか」

すると、すっとジョミーの表情が真顔になり、ブルーはどきりとしました。

「…僕も同じです。一週間ずっと、早く貴方の顔を見たいなって思ってました」
「…うん…」
「もっとよく顔を見せて、ブルー」
「…」

とても気恥ずかしくなり、顔を隠すためにブルーが思い切ってジョミーの胸の飛び込むと、ジョミーはいつまでも恥ずかしがりやの恋人を大事そうに抱きかかえてソファまで運ぶのでした。




そもそもはブルーの全く突然の思いつきで飛び込んだ潜入視察でしたが、沢山の思わぬ産物を産み出しました。「お前は時々恐ろしい天才なのか単なる大ボケなのか分からん時がある」と遠慮の欠片も無いキースに真顔で指摘されることがあるのですが、今回に限って言えば終わりよければ全てよし。

マツカはついにキースと一緒に暮らし始めた模様です…。というのも、コーヒーに煩いキース社長がいつも自宅から専門店のものとも違う大変かぐわしい香りのコーヒーを持参するようになり、軽い気持ちでからかったブルーの前でキースと丁度そのタイミングで書類を持ってオフィスに入ってきたマツカが二人揃って凍り付いてしまったことから発覚したのでした。ブルーの作った不格好な花束も、少しは世の中の役に立ったのかもしれません。マツカの影響か、キースの辛口もイヤミも少しずつ鳴りを潜め、心なしか全体的に穏やかになったような気がします。

花束といえば、本社のオフィスのフラワーアレンジメントも少しずつ今風の洗練されたデザインのものが飾られるようになりました。時折視界に入るビビッドな色使いにはっとさせられ、季節の移り変わりを感じることも。今では逆に本社のリード・デザイナーであるマードックが時折自らノア・シティに足を運んではミシェルに流行のデザインを教えてもらっているという話です。オンラインショップのメニューにも生花を使ったブレスレットやギフトのチョイスが増え、ますます華やかになりました。

アルタミラ・シティのエラ女史も同時進行されている企画のデザインに大わらわ。定期的に地元で開かれる市場にも積極的に店として出店を始め、花を出すようになったおかげか、いつも閑古鳥が鳴いていた店舗を覗きにきてくれるお客が増えました。頭のお固いゼルとエラ女史は相変わらずぶつかることが多い模様ですが、大抵ゼルのほうがやり込められてしまうのでした。

ブラウはベルトコンベアの見回りの作業の合間をぬって、生産管理用のソフトの試運転に協力しています(勿論その分の給料は余分に支払われています)末端の作業員でも簡単に扱えるようなシステムを導入することはなかなかに難しく、インフラの整備も含めて試行錯誤の真っ最中ですが、相変わらず朗らかなブラウに本社のエンジニアも助けられている部分が多いようです。


そして何より、ブルーの暮らしも大きく変わりました。今ではキースよりもブルーのほうがアタラクシアの新オフィスを頻繁に使用しており、週に1、2日はアタラクシアから遠隔で本社のキースやマツカ、リオ宛に様々な指示を出しています。新しい子供やファミリー向けの企画には、ジョミーも積極的に意見を出すこともあります。そして週末も大抵花屋で働くジョミーに合わせて隣のビルのオフィスで仕事をするようになりました。夜は夜でそれなりの量の仕事をこなすこともありますが、ジョミーの休みに合わせて休みを取ることも多くなり、以前ほど毎日休み無しで働き詰めではなくなりました。ジョミーと一緒に過ごすときは彼手作りの愛情籠った料理をきちんと取るようになり(不摂生をしているとジョミーに叱られてしまうのです)おかげで以前に比べるとすっかり顔色も良くなって、ワーカホリックの会長の過労死を本気で心配していたマツカやリオは一安心です。

ジョミーは新しい福利厚生の制度を利用して仕事の後にオンラインの大学でクラスを取っています。高校時代に取得したアドバンスクラスの単位や、サマースクールも合わせるとあと二年半ほどで大学の学位が取得出来る模様です。元々勉強が嫌いではないジョミーのこと、成績もまずまずの模様。大学を卒業した後どうするかはまだ具体的には決めていません…。何故なら実のところ、ジョミーは街角の花屋の仕事が大変気に入っており、自分の天職だと思っているからです。大学を卒業するのは、単純にブルーに釣り合う相手になるための第一歩。ブルーもそんなジョミーが好きになったのですから、特に異論はありません。まだまだこれから心身共に伸びゆく盛りのジョミーのこと、彼に向いていることを一番大事にして欲しいという気持ちです。


でも本当はちょっぴりだけ、ジョミーの大学の卒業を心待ちにしているブルーなのです。何故かというと…。


「明日来ると思ってたから、ゲストルームの掃除がまだ済んでないんです。今週はずっと忙しくて、すっかり忘れてて…今さっと掃除機かけてきますね」
「あ、それくらいなら気にしなくても」
「貴方は喉が悪いからダメ。少し待ってて下さいね」


『死ぬほど辛いけど、大学を卒業するまでは貴方には絶対手を出しません。これは男としてのけじめです!』と真っ赤な顔をしてやはり赤面したブルーの前で大真面目に宣言した内容をこの青年は至極生真面目に守っているのです。なので同じ屋根の下で寝泊まりするといっても寝室もきっちり別々です。たいした自制心だと感心すると同時に、ブルーにとってもその日が来るのが待ち遠しいような、ちょっと怖いような…。

閉じられたドアの向こうで低く唸る掃除機の音を聞きながら、明日訪問する予定のジョミーの実家への手土産に何を持って行こうかと、朗らかなジョミーの母親や元気な弟や妹達の顔を思い浮かべながら色々と楽しく考えを巡らせるブルーでした…。

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