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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:X-MEN Future & Pastでシンブル妄想
X-MENフューチャー&パストのネタです。ジェット機の中のチャールズとエリックの痴話喧嘩がこの映画のハイライトでございました…あいつらもうデキ過ぎててウルヴァリンが呆れるのも無理はないよネ!(笑)ず〜っとあの痴話喧嘩ネタでニヤニヤ二年間笑顔を保っておりましたが、そろそろ新作映画が出るので慌てて妄想劇場を書き上げました。痴話喧嘩の舞台はジェット機の中からお屋敷に移動。ウルヴァリン(とりあえず今回はキース)が屋敷を訪れてからマグニートがやってきた、という感じです。ブン殴るシーンも捨てがたかったですけどね〜(^3^)新作はどんな痴話喧嘩を繰り広げてくれるのかと思うと楽しみでなりません(^3^)




「ここにキースが昼間来た筈だ。話は聞いただろう、僕達に協力して欲しい」
「シンか…」

記憶に残る光景とは違う、草ぼうぼうの荒れ果てた前庭。だが、一応屋敷にまだ住人はいるらしい。ガンガン扉を叩いてしばらく待つと、小さく開いた隙間から見知ったいかつい顔が見えた。

とりあえずキースから話は通っていたようで、10年ぶりの再会だというのにハーレイの表情にはそれほどの驚きは見られなかった。苦虫を噛み潰したような面持ちながら、ハーレイはシンを屋敷の中に迎え入れる。歓迎されるとは最初から思ってはいなかったが、本当に渋々といった感じだった。元々人よりも長寿で老化の遅いミュウである。ハーレイは以前会ったときに比べて思ったよりも変わっていなかったが、その顔は心労からか見るからにげっそりとやつれている。

「今更おめおめと何をしにきた…と言いたいところだが、ちょうどいい。非常に忌々しいが、今のブルーが少しでも話を聞いてくれる相手は貴方だけかもしれんな」
「…?ブルーに何かあったのか」
「いいですか、落着いてよく聞いていただきたい。この屋敷に以前のブルーはいない。ここにいるのは、男を引っ掛けてばかりいる性悪で淫乱な飲んだくれだけだ」
「男?しかし…」
「この傷を見たまえ」

指差す先を見ると、ハーレイのこめかみに真新しい傷跡がついていた。何か鋭利な刃物で斬りつけられた傷のようにも見える。

「ブルーに迫られて断ったら逆上してランプを投げつけられてこのザマだ」
「…なんだと、貴様、まさか…」

シンの翡翠のような瞳がギラリと光る。

シンには冷気を操る力など無い筈なのに、部屋の空気の温度が一気に氷点下にまで下がったように思われた。
まるで地響きのようにブロンズで出来た重いシャンデリアや部屋の隅に置いてあるアンティークの銅像が一斉にガタガタ…と唸り始め、ハーレイの顔から血の気が引いた。

そもそもこの学校を設立した折、ブルーはシンが自分を決して襲撃してこないという絶対の自信があった模様で、この館は磁力対策というものが全く施されていない。どこもかしこも金属だらけなのだ。しかしハーレイはブルーとは根本的にシンに対する認識が異なる。特に今ブルーの傍にいつもいる身としては、自分はシンに好かれていないという絶対の自信だけはあった。出会った当初から、シンの態度はそれほどにあからさまであったから。この屋敷の中でシンにその力をフルパワーで使われたら、間違いなくハーレイの命は空前の灯火だ。

「ま、待て!私は清廉潔白だ!」

このまま黙っていればどうなるか想像に難くなく、ハーレイは青ざめた顔で大声で弁解した。いかに薬を飲めば獣人と化してビーストとして超怪力を誇るハーレイといえども、金属を自由自在に操るシンの前では無力である。ミュウの力も一つ一つ性質も違えば相性というものがあり、肉体的な能力では大抵の敵を凌駕するハーレイも、シンの前では明らかに分が悪い。

「私は男になど興味はない!それは勿論ブルーが男としては綺麗な顔をしているのは認めるが、私はノーマルだ!たとえ百歩譲って私が男好きだったとしても、『金髪だからこの際君でもいいや、僕を抱きたまえ』などと言われてハイそうですかと据え膳を食うほど私は落ちぶれてはいないぞ!」

冷や汗をかきながら必死で抗弁するハーレイの様子から、嘘ではないと悟ったのか、揺れるシャンデリアや持ち上がりかけた暖炉の灰かき棒がゆっくりとその動きを止め、元の位置に戻る。もともとハーレイは実直で嘘をつけるタイプではない。
安堵にほっと息をつくハーレイだが、一度噴き出した愚痴はタガが外れてとどまるところを知らずに溢れ出した。

「大体今日も、バーで行きずりの男をたらしこもうとしていたところを無理やりに引き剥がして連れて帰ってきたのだ。喚いて暴れて大騒ぎだ。そもそも全ての元凶は貴方なのですぞ!」
「…僕?」

全身から殺気を発していたシンだったが、唐突なハーレイの発言にきょとんとして、一瞬にして毒気が消えた。ハーレイは苦々しい顔で先を続けた。

「ブルーが誘う男は大抵どいつもこいつも長身の金髪だ。どう考えても貴方の影を追っているに決まっている。貴方は自分がいなくなってからこの屋敷で何があったか知らないだろうが、貴方が消えてから、そしておそらく貴方の抜けた穴を埋めようとして設立した学校が駄目になってしまってからのブルーの荒れようときたら…。第一ブルーは貴方に捨てられたと思い込んでいるのですぞ。あれはまるで…そうだな、さしずめ初恋に破れた傷心の乙女というところか…」
「僕がブルーを捨てた?!それは誤解だ、そんなわけが…。第一ブルーはいつもニナと一緒にいたし、捨てるも何も、元から彼は男には興味がないと」
「知るか!とにかくだな、ブルーがあんなに変わってしまったのは貴方がいなくなってからだ。私は男同士の恋愛には全く興味はないし貴方とブルーの間で何があったかは知らないが、とにかく今のブルーの態度は全て貴方が原因だ。そういうわけだからせっかく来たからには貴方に責任を取っていただきたい」
「…」

明らかに形勢逆転である。
なんだかんだとと理屈をつけるよりも効果的だった。ブルーを引き合いに出されればシンも一歩引かざるを得ない。
実のところ、昔もそして今も、ブルーの存在はシンの唯一の弱点だったからだ。

自分はしばらく外に出てくるからとにかくどうにかしてブルーと話し合え、とシンの体はハーレイに無理矢理に屋敷の奥の方へと押し出され、バタン!と豪奢な玄関の扉が閉まる。巨大なシャンデリアのぶら下がるだだっ広いエントランスホールの真ん中でシンはしばし途方に暮れて考えを巡らせた。


シンの記憶にあるブルーの姿からはにわかには信じがたい話だった。
シンがブルーの元を去った大きな理由の一つには、あの清廉潔白なブルーが自分の邪な欲望を受け入れてくれることは決してないだろうという確信があったからだ。
が、ハーレイ曰くそのブルーが今や相手構わずどこの馬の骨とも分からぬ行きずりの男を引きずり込んでいるという。
ありえない。あのブルーに限って。

今ひとつハーレイの言葉に納得してはいないシンだったが、とりあえずブルーが寝起きしているという昔の書斎に足を向けた。




ギギイ…。

蝶番に油も差していないらしく、やたらと軋んだ音を立てて重いドアが開く。

まだ午後の五時も回っていない筈なのにカーテンを閉め切られ、鬱蒼と薄暗い部屋だ。そこに一歩足を踏み入れると、ぷんと強いウイスキーの臭いが鼻を突く。以前シンがこの部屋に入ったときは、どこもかしこもきちんと整理整頓されていて、床も柱も磨き上げられてチリひとつ落ちていない書斎だった。天井まである曇りの無い窓にかかるベルベットのカーテンは当然端まで寄せられ、外から降り注ぐ光を受ける重厚感溢れるマホガニー製のデスクの後ろには、いつもきちんと仕立ての良いスーツを着込んだブルーが背筋をピンと伸ばして自信たっぷりな面持ちで堂々と座っている筈だった。

が、全く同じ部屋の筈なのに、今ではシンにまるで初めて来た場所にいるような錯覚を起こさせるほどにそこは似ても似つかぬ場所だった。脱ぎ捨てた服や崩れた本の山、紙屑やペンや写真立て、汚れたグラスや空の酒瓶、乾いた食べ残しがこびりついたままの食器。とにかくあらゆるものが床に散乱し、文字通り足の踏み場もない状態である。しかも散らかり放題なだけでなく、どこもかしこも埃だらけだった。ランプや椅子が倒れたままでいるのは、癇癪を起こしたブルーが暴れたときのものをそのまま放置してあるのだろう。

そして部屋を満たすどろりと重苦しい空気の奥に、部屋の主はいた。ボタンの半分外れたパジャマ、下は何故か普通のスラックス、そしてその上にガウンを引っ掛けて大きな革張りの椅子の上にだらしなくひっくり返っていたブルーは、目線だけ動かすとちらりとこちらを一瞥した。不摂生が見て取れるような目の隈に血色も悪く、いかにも寝起きという感じのどんよりと濁った目がシンを捉える。

「ハーレイ、お説教はもういい加減聞き飽きた…っと…なんだ、君か…」

想像もしていなかった惨状にシンはなんと発言してよいものやら皆目見当もつかず、とりあえず内心の動揺を隠したまま形だけ軽く会釈した。過去の長年の殺しの経験から、ポーカーフェイスは得意技な筈、だった。が、目の前の人物は明らかにシンの知っているブルーとは似ても似つかない生き物だ。

ついでにシンは明かりをどうにかしようととりあえず手近に転がったランプを立て直す。が、電球が割れているのに気づき、ブルーの近くに倒れている重そうなランプを手の一振りだけで起こして引き寄せると、自らの手でスイッチを入れた。薄暗い部屋の中をぼんやりとランプの光が照らし出す。それほど明るい訳でもないのに、寝起きのブルーの目にはきつかったものか、ブルーは眩しそうに顔を歪めてそっぽを向いた。

シンは豪奢な彫刻の施されたアンティークの椅子を引きずってくると、デスクの前に腰掛けてブルーと向き合った。

「お久しぶりです、ブルー」
「…昼間来た変な爪を生やした男といい、君といい、珍しく客の多い日だな。僕は君に何の用もないよ。今更君と旧交を深めるつもりもないし、さっさと帰ってくれないか。君の顔を見るとせっかくのいい酒がまずくなる」

10年ぶりの再会だというのにシンの挨拶はブルーにとっては全くどうでも良さそうに軽くあしらわれてしまった。歓迎されるとは思ってはいなかったが、まさかここまでとは。
ブルーは顔を背けて吐き捨てるようにシンを拒絶すると、ボトルの中の琥珀色の液体をグラスに注いで一気に飲み干す。
勢い余って少々気管に入ってしまったものか、少し咽せたようで咳き込んだ。

「げほっ…ほら見ろ、君がいると落ち着いて一杯やることもできやしない。早いところ出てってくれ」

単に理不尽に八つ当たりされたからというだけでなく、あまりのブルーの変わりようにしばしシンは言葉を失う。昔のブルーも酒を多少嗜んだが、こんな飲み方をする男ではなかった。
シンはやっとのことで気を取り直して問いただした。

「ブルー、一体何があったんですか。以前のあなたはこんなじゃなかった」
「前の僕?」

ブルーは自重気味にフンと鼻を鳴らした。その瞳は、今までシンが見た事もない、暗い闇の色を映していた。

「…そんな男はもうどこにもいないよ。公明正大、みんなの頼れるプロフェッサー。あいつは店じまいさ」
「あなたはこの屋敷でミュウのための学校を設立したと聞きましたが」
「…学校?ああ…そうだねそんなこともやってたな。でも駄目さ、生徒はみんな戦争に取られてしまってね。馬鹿げたお遊びだったよ」
「…」
「皆苦しんで死んでしまった…」
「何故…貴方の力があれば…むざむざと仲間を死なせるようなあなたではない筈だ」
「仕方が無いだろう!僕だって精一杯だったんだ!君は僕が神のように万能だと思っているのか?仲間達の死に何も感じないとでも?!戦争で誰かが死ぬたびに、その断末魔の声が一つ残らず僕には聞こえるんだぞ!それがどんな地獄か、君に分かるのか?!」

ブルーのいきなり吠えるように叫んだ。シンの言葉はブルーの一番痛いところを抉ったようだった。

「勿論助けたいと思ったさ!だが、僕の力は遠くまでは及ばなかった。ハーレイと研究を重ねたが、限界を越えられなかった。僕の力は中途半端に増幅されて、聞こえてくる他人の悲鳴がもっと増えただけだった。もっと手足となる、物理的な力を持った仲間達が必要だったんだ。それなのに、君はどこにいた?僕が一番必要としていたときに、君は…どこにもいなかったじゃないか!」

ブルーは更にグラスに酒を継ぎ足すと、また大きくグラスを煽った。

「思い出すだけで忌々しいね…戦争なんてろくでもないな、全く」

目を閉じてろれつの回らない舌でひとりごちるその様子は、まるで目の中のシンの存在などすっかり忘れてしまったかのようだった。あまりの自暴自棄なブルーの変わりように言葉を失ったシンだが、やっとのことで声を絞り出す。

「ブルー…」
「なんだ、君まだいたの」

本音を言えば、聞きたくはない。しかしどうしてもブルー本人に確かめなければならないことがある。それを聞くまでは、帰れない…。シンはようやく、自分の心に鉛のようにのしかかる疑問を言葉にした。

「あなたが頻繁に行きずりの男に身を任せてると聞きました。本当なんですか」
「ハーレイに聞いたのか。全くおしゃべりな男だ。第一君には関係ないだろう」

『君には関係ない』

見るからに気怠げそうなブルーの口からあまりにも似つかわしくない言葉が飛び出し、シンの心を切り裂いた。シンの知っている彼はどんな状況でも決してそんな自棄なことを言う男ではなかった。常にまっすぐに前を見つめ、決して希望を捨てず、どのような逆境にあっても挫けそうになる仲間達を立派に導いてきた筈だった。そう、自分も含めて…。

(ブルーが荒れてしまった元凶は貴方なのですぞ!)

今更ながらに、ハーレイに詰られた台詞が効いてくる。罪悪感を打ち消すように、シンは次の質問を繰り出した。

「僕が…いなくなったからですか」
「別に…、関係ないって言ってるだろ!」

またブルーの声が荒っぽさを帯びた。たびたびの感情の起伏の激しさも、アルコールで理性の箍が外れているせいなのだろう。

「ハーレイが言っていました。あなたが連れ込む男は皆長身の金髪だと。関係ないとは言わせない」
「ハーレイめ、余計なことを…」

チッと下衆な舌打ちまでするブルーはますますシンの記憶の中にあるイメージとは別人だった。

「僕の、せいですか」

(あなたがこうなってしまったのは)

口には出せない台詞だったが、きっとブルーには届いた筈だ。たとえ動ける下肢と引き換えにテレパス能力を失ってしまっていたとしても。いくら自分の能力に頼る傾向があったからといっても、ブルーは元からそれほど鈍い男ではなかった。ブルーの濁った目に苛立ちの色が浮かんだ。

「それはね、君の思い上がりだよ。自惚れも大概にしたまえ」
「ブルー」
「しつこいな」
「あなたは男には興味はないと思っていた。だから僕はあなたに疎まれるよりもあなたの前から去る事を選んだ。でも、それが原因であなたがこうなってしまったのだとしたら…」
「だから、君とは関係ないと…」
「僕が、間違っていました。僕を…許して下さい」

意外な台詞に、ブルーは虚を突かれて押し黙った。プライドの高いシンが自らの過失を認めて、許しを乞うている。シンを知っている者ならば、例えばハーレイがこの光景を見ていたとしたら、恐らく驚きのあまり心臓発作を起こしていたかもしれない。シンが自分の挟持を曲げてでも手を差し伸べるのは、この世で唯一、ブルーに対してだけだったのだ。自らが忌み嫌う人間達の前ではまさに血も涙も無い非情なリーダーだったが、今ブルーの前にいるのは、過去の間違いを素直に認めて謝罪する、不安そうな表情で自らの心を無防備に相手に差し出した一人の男でしかなかった。

シンの独白を聞き、ブルーの心境に何らかの変化があったのかはその表情からは見て取れない。が、ブルーは鈍く頭を振るとまるで頭痛に耐えてでもいるかのように眉間を押さえた。

「本当に…君には、関係ないんだ」
「ブルー」
「男と寝るのってどういう感じなんだろうと思って実験してみたくなっただけさ。本当だ」
「実験…ですか…。だとしても、相手構わずとは」
「君が随分経験がありそうだったからね、色んな相手と寝てみたよ。男とも女とも。でもちっとも良くないね。特に男は駄目だ。痛いばっかりで得るものはなにもなかった。あんなもの、やりたがるやつらの気が知れないよ」

…それは嘘だ。『実験』というなら、数人で気が済んだ筈だ。何故ブルーはいまだに『実験』とやらを繰り返している?
口に出せない疑問を呑み込むシンの前で、ブルーは酒の瓶に手を伸ばす。

「…で、君は一体いつまでいるつもりなの?早く帰りたまえよ」
「ブルー!」
「僕にはどうせなんの力もないんだ。今の僕は君が大っ嫌いな人間様さ。君が好きだったのはミュウの僕だろ。ミュウでなくなった僕に一体何の用があるんだ。さっさといなくなれよ」

フン、と鼻を鳴らすとブルーは目を伏せて自嘲気味に続けた。

「それとも僕と寝たいの?それでもいいよ、どうせ誰とやっても一緒だし…」
「やめてください、ブルー!」
「ほら見ろ。僕が好きだなんて嘘ばっかりだ。」
「違います、僕は…」
「何が違うんだ!僕を捨てて行ったくせに!」
「…!!捨ててなんか…いません!僕はあなたに共に来て欲しかった。無理だと撥ね付けたのはあなたのほうじゃないですか!」
「その程度の気持ちで何が愛してるだ。本当に僕のことを愛してるなら、嫌がる僕を抑えつけてでも奪えばよかったじゃないか!」
「ブルー!!!」

シンは愕然とした。明らかにブルーの論理は破綻している。むしろ八つ当たりだ。が、無茶苦茶で飾らないブルーの本音を初めてぶつけられ、シンは悟ってしまった。聖人のようだったあの人が、こんな子供染みた我侭を振りかざすほどに、自分の不在がブルーの精神を根本的に揺らがす程に大きな影響を与えてしまった事を。そして、それから。

「…ブルー…あなたは、ひょっとして」
「うるさい」
「僕のことが、怖かったのではないですか」
「…」

恐らく図星だったのだろう、ブルーは黙り込んでしまった。

「あなたはおそらく女性との経験はあっても、男性とはなかった。だから…」

すると出し抜けにブルーがわめき出した。

「…!ああ、そうだよ、そうだとも!笑えばいいだろう!」
「ブルー」
「そうだよ、僕は怖かった!男と寝るなんて、それまで考えた事もなかったし、君にどうやって応えたらいいのか皆目見当もつかなかった。だから、君を拒絶した。僕は臆病者だ!なんとでも言うがいいさ!!」
「…」

シンは返す言葉もない。ひとしきり怒鳴ると、ブルーの声は急にトーンを落とした。

「まごまごしている間に、君は出て行ってしまった。僕は何度も考えたよ、もし僕があのとき恐れずに君の気持ちを受け入れていたらどうなっていただろうって。だから、男と寝るのは本当はどんな感じなんだろうって…試さずにはいられなかった」
「…」
「初めての男は本当に酷かった。僕は出血して三日間は起きられなかった。経験を重ねればいつかは平気になる日が来るかもしれないと思ったけれど、それから何人と寝ても全然駄目だった。そのうち君はCIAに捕われてしまうし…」
「ブルー…」
「せめて君と対等でありたくてハーレイの治療薬も使ってみた。でも、足の代わりに僕は力を使えなくなって君の嫌いなただの人間になってしまう。それでも人が死んでゆく絶叫が聞こえなくなるだけでも僕は随分救われた。僕が君と対等な立場であれることはもう二度と無い…なんにもうまくいかないんだ。もう僕は駄目なんだ」
「…」
「どうして今頃になって僕の前に現れた。もう何もかも、遅いんだ。遅すぎる…帰ってくれ」

ブルーは酒瓶を抱えたまま椅子の上で一人踞る。伏せたその表情はシンには伺えないが、その震える声は泣いているようにも聞こえた。

ブルーは完璧な存在なのだと、シンはいつも思っていた。それこそ天上人のように。今までシンが出会った事のない、強大な力と輝くような自信に満ち溢れたミュウ。収容所の捕虜として、そして暗殺者としての過去を抱えた自分のことも、分け隔てなく受け入れてくれた。そして、自分でも気づいていなかった力を目覚めさせ、引き出してくれた。いつも何かに縛られていた自分の精神を解き放ち、自由を与えてくれたブルー。そんな彼にシンが惹かれるのは、至極自然の摂理だった。いや、人間の中に隠れ忍ぶ孤独を抱えるミュウならば誰でもブルーに心酔せずにはいられなかっただろう。

しかし、目の前のブルーは無力なひとだった。臆病で、脆弱で、誰かの支えを必要としている、ただの恐がりな一人の人間だった。そして、彼は悔いていた…シンを拒絶しただけでなく、己の弱さと向き合うことの出来なかった彼自身を。それを理解した途端、シンの頭の中で何かがブツリと切れる音がした。


ガタリ。

立ち上がるシンの勢いに、アンティークの重い椅子が後ろに倒れた。シンは構わずブルーの前に回り込むと、ブルーの腕の中の酒瓶を取り上げて机に置き、ブルーにのしかかるような姿勢で向き合った。革の椅子がシンの重みを受け止めてぎしりと音を立てる。体温が感じられるほどに近い距離に、シンから匂い立つ男の香り。ブルーは思わず顔を上げる。その目には僅かだが怯えの色が見て取れた。シンは構わずゆっくりと、ブルーの瞳を見つめながらはっきりと発言した。


「ブルー。もう一度言います。僕を、許して下さい。あなたの本音に気づくべきだった。僕が臆病だったせいで、貴方にこんなに辛い思いをさせた」
「な…」

あまりにも殊勝な上にストレートなシンの物言いに、面食らったブルーに反論を許さず、シンは畳み掛けるように更に言葉を続けた。

「僕はあなたという人を完全に誤解していたようだ。もっと早くに分かっていたなら…。ここを出る前にあなたの中に僕の存在をいやというほど刻み付けて行くべきだった。過ぎてしまった時間は取り戻せないが、今からでも遅くはない」
「シン?」
「その酔っぱらいの耳をかっぽじってよく聞くがいい。いいですか、僕は今でもあなたを愛しているんです。僕の頭の中はいつだって莫迦みたいにあなたのことばかりだ。あなたを一人で置いて行った僕が莫迦だった。泣かせることになると分かっていたなら…」
「泣く…?」

本人は全く気づいていないかのようだったが、紅玉のような瞳の片方から、ダイヤモンドのような涙が一粒、伝い落ちていた。ブルーの顔に影が落ち、シンの唇が、それをそっと掬っていく。ブルーは呆然とされるがままだ。

「済まないが、君の言っていることが…分からない」

過ぎた量のアルコールですっかり鈍ったブルーの判断力はシンの言動にとても追いつかない。シンは更に屈み込んで、ブルーの耳朶に息がかかる距離でわざとゆっくり囁いた。耳に届く低く掠れた声に、ざわり、とブルーの全身が総毛立つ。

「惚れ直した、と言ってるんです」
「…!」
「経験がなくて怖かったのなら…やっぱり最初も僕にしておくべきでしたね。あなたが何十人の男と寝たか知らないが、僕は奴らとは違う。本物の男の味をじっくり教えてあげますよ」
「…君、よくもそんなこと…!」

恥知らず、馬鹿にするな、だから僕は君のそういう自意識過剰なところが嫌いなんだ、などと喚きながらぶわり、とブルーの顔が羞恥で真っ赤に染まる。だが、元から基本的な体力が違う二人のこと、ただでさえ不摂生な生活で体力の落ちたブルーが鍛え上げたシンを押しのけるなど到底出来るわけがない。ぐっと肩を押さえつけられ、チェスの駒を器用に動かす長い指に顎を捕えられた。真っ向から見つめてくる、熱の籠った翠の瞳から視線を外すことがブルーには出来なかった。シンが使うのはテレパシーではなくて金属を操る力の筈なのに、頭が芯から痺れるように動くことは適わなかった。薬で力と引き換えに足の自由を手に入れたブルーは、ことさらシンに抗う術を持たなかった。

「ン…っ」

唇を塞がれ、あっと思う間もなく忍び込んで来た舌に口腔内を余すところなく蹂躙される。抵抗どころか、見る間にブルーの全身からくたりと力が抜けた。ブルーが抵抗出来ないのをいいことに、何度も何度も角度を変えて唇を重ねられ、絡み付くシンの熱い舌にブルーは翻弄される一方だった。キス一つでここまでいいように弄ばれるとは、さすが豪語するだけはある。一体今までの男達と何が違うのか分からない。が、ブルーが気まぐれに身体を重ねて来た男達とはシンは全く比べ物にすらならなかった。

「…はぁ、はぁ…君…っ!」

やっと唇を解放された頃には、ブルーの瞳は全く違う意味で潤んでいた。瞼に涙を溜めて陸揚げされた魚のように酸素を求めて喘ぐブルーに、シンの整った顔が優しく微笑みかける。

「全くあなたの言う通りだ。今度は嫌がるあなたを押さえつけてでも、強引に奪います。せいぜい覚悟を決めるんですね。あなたが敵でも、味方でも…関係ない。僕が愛しているのは今までもこれからもあなただけだ。それを身体に教え込んでやる」

ブルーを真っ向から見下ろすシンの瞳は、ブルーの背筋にゾクリと戦慄を走らせるほどにに凄惨な色を込めていた。否が応にもブルーの身体の芯に火が灯る。シンが出て行ってしまってからというもの、何度こんな情景を夢に見たことだろう。だが、実物のシンの存在感と自分を包む温もりの前では、そのどれもが足下にも及ばなかった。

「シン…」
「10年待ったんだ。今まであなたの傍にいられなかった分も、たっぷり可愛がってあげます。他の男達など、練習にすらならなかったと思い知るが良い」

くちづけだけで張りつめたブルーのスラックスの前を撫でながら、ぞっとする程美しい笑みを浮かべてシンが宣言する。と、シンが触ってもいないのに勝手に金属のボタンが外れてジジ…とことさらゆっくり見せつけるようにジッパーが下ろされた。シンの仕業だと分かっていてもブルーにはどうする事も出来ない。それでも最後の意地で涙目で睨み付けてくるブルーを見て、シンの口角が上がる。が、どこまでもその目は笑っていない。まるで肉食獣のような色を讃えてブルーを見つめていた。

「僕はこれでもね…少しはあなたに腹を立てているんですよ。好きでもない男に身を任せるなんて…。だから、これはほんの仕返しです。でも僕も悪かった。あなたが素直なひとではないことは僕も知っていた筈なのに」
「し、仕返しだなんて、なに…あっ…!」
「だから最初から僕にしておけばよかったって…あなたが後悔するまで徹底的に愛してあげる。この先、何があっても僕のことを…二度と忘れられないようにしてあげる…」
「ぁ、あ……っ、う、うそ、う…ンッ」
「まあ、どっちみちあなたは僕のことで頭を一杯にしていたようだけど…これからは離れていても寂しい思いはさせないから」
「んぁ、シン…僕…は…っ」
「分かっています、僕にも、あなたにも、譲れないものがある。でも…僕はいつだって、髪の毛一筋まであなたのものだ」
「うん…僕も…僕も、だから…っ、」
「ああ、ほら…唇を噛み締めないで…腕はこっち…僕にしがみついていいから…」

シンがブルーの両腕を自分の肩に回すと、ブルーはそのまま素直にぎゅっとシンに抱きついてきた。眉を寄せ、堅く目を閉じたブルーが堰を切ったように囁く。それはおそらく、彼がずっと長い事口に出せなかった本音だ。

「シン…好きだ…ずっと、君に会いたかった…ずっと意地ばかり張っていて…ごめん…」
「…!」

縋り付くブルーの唇から吐息と共にうわごとのように漏れた告白に、シンはまるで心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受け、一瞬全ての動きを止めた。恐る恐る身体を離すと、ブルーの光る瞳が驚愕に見開かれた翡翠色の眼を捉える。涙に濡れた紅玉が、シンの魂を覗き込むかのようにじっと見入っていた。10年間、シンが焦がれてやまなかった強い光がそこにあった。絶望の中にあったシンをただあるがままに受け入れ、その手を取って自由へと導いてくれたブルーがいた。ブルーの両手が上がり、痺れたように動けないままでいるシンの両頬を暖かく包む。その温もりに、長年シンの心の奥底に刺さっていた何かが溶け出すような感覚を覚え、シンはくらりと目眩がした。唇の間からちらりと見えるブルーの赤い舌が、囁くようにシンの耳に待ち望んだ甘美な呪縛の言葉を紡ぐ。

「僕のものだ、シン…誰にも、渡さない…」

じわりと熱くぼやける視界を誤摩化そうとするかのように、シンは腕の中の華奢な身体を震える手で強く抱きしめ、固く目を閉じてブルーの首筋に顔を埋めた。

「…愛してます、ブルー…」





〜 翌朝 〜

「…なんだ貴様ら、結局痴話喧嘩だったのか。全く、とんだ茶番につき合わされたものだ」
「ん…なんだ、キースか…もう朝かい?」
「さっさと起きろ。ハーレイがジェットを出すそうだ」
「ブルー、薬です。昨日の分を打たなかったから、今日の分は濃度を倍にしておきました」
「ああ…もう薬はいらないよ」
「え?!…しかし、薬を打たないとまた歩けなくなりますが…」
「だって今日は腰がだるくってどっちみち歩けないよ。それに、歩けなくてもシンに運んでもらえばいいし。ああハーレイ、そういうわけだから今日は車椅子は必要ないよ。僕を引きずり出すからにはそれくらいのお仕置きは構わないだろう」
「ブルー、そういうのはお仕置きじゃなくて役得っていうんですよ」
「はは、そうだね。それじゃあ、君にご褒美だ。僕の身支度を整えて、ジェットまで僕を抱いていってくれたまえ」
「喜んで、ブルー。でも、本当にいいんですか?僕が手伝うと時間に遅れるかも…」
「残念だけどね、リハビリは夜までお預けだ。キスだけで我慢してくれるかい」
「…貴様ら…いい加減にしろ…」 

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