ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:アリゾナ(2)
アリゾナの続きでございます。分割の仕方にものすごく悩んだのですが、結局ブルー編じゃなくて今回もじょみのターンでございます。最初はもっとこう、ドロッドロに書こうと思っていたのですが、描写も難しい上に今回は「過去」がメインなのでもう少しさらっといくことにしました。あと一回で終わるかな?



Side: ジョミー 2


フィシスへの義理は果たした。あとはこのまま車を動かし帰宅すれば良いだけだというのに、何かが邪魔をしてジョミーは動けずにいる。

ジョミーは一人、冷たい月明かりを浴びながら途方に暮れて立ち尽くしていた。

ブルーの家から5分ほどの、まっすぐ続く道路の他には何も無い荒野の真っ只中。ブルー宅を訪問後、自宅へ向けて帰路を出発した筈だったのが、数分も経過しないうちにとても運転していられる心境ではなくなり、一旦車を停めて外に出て頭を冷やすことにしたのだ。道路脇に寄せた車から数歩歩くだけで目の前には荒野が広がり頭上には満天の星が輝く様子が一望できる。空気が乾燥しているせいか、日が落ちた今ではすでに肌寒いほどに気温が下がっていた。日常生活ではあまり目にすることの出来ない清涼な風景だが、ジョミーの気は少しも晴れることはない。

どこか遠くから、何か犬のような狼のような生き物の遠吠えが耳に届く。そういえばこのあたりには野生のコヨーテが出没するとブルーが言っていたような気がする。コヨーテなら人を恐れ、群れで行動する筈だが、ジョミーは実物を見たことは一度もない。全く土地勘も無い場所でこうやって外に一人でいてはもしかすると危険なのかもしれないが、それよりもジョミーは全身でブルーの暮らすこの土地の空気を感じていたかった。

こうしてみると、何もいないように見えた土地にも、小さいながらにあちこちでひっそりと生命が息吹いている。昼間よりも日の落ちた今のほうが生き物の気配が感じられるような気がした。ジョミーが来た時に思ったような、乾き切って死に絶えた土地とはまるで違う。容赦なく太陽の光が照りつける日中とは違い、誰も見ていないところで冴え冴えとした冷たい月の光に照らされた土地はあらゆるものを等しく受け入れてくれるように思える。


そう、まるでブルーのように。


戦々恐々の底で家を訪れたジョミーを、ブルーは大変快く迎え入れてくれた。少々驚きはしたようだがフィシスの婚約を心から喜び、当然のように結婚式にも出席する心算であるようだった。本当に驚いたことに、彼は昔と全く変わっていなかった。見た目も、言動も、仕草も。彼らしいこじんまりとした家で穏やかに暮らし、ジョミーが遠くからわざわざ訪ねてきてくれたことを喜び、ジョミーの近況のひとつひとつをどんなに小さな些事も頷きながら聞いてくれた。ありがたいことに、頭で色々と考えるよりも先にジョミーの口が勝手に喋ってくれた。そのどれもが当たり障りのない話題だった。和やかに会話が進む中、本当にジョミーが語るべき言葉は何一つ含まれてはいなかったが、その様子は端から見れば、普通に友人同士が旧交を温め合う微笑ましい姿に見えただろう。

まるで、あの頃にもどったようだった。学生仲間の皆と共に熱く将来を語り、共に笑い合ったあの日々が、ことさら懐かしく輝いて思えた。


が、そんな上辺の和やかな会話とは裏腹に、内心ジョミーにはブルーの態度が全く理解ができなかった。なぜ、彼にあのような非道な行いをしでかした自分を、いくら年月が経過したからといって、こうまで歓待してくれるのか。きみは何も心配しなくていい、ただひたすらに自分の将来だけ考えていればいい。そう、ブルーは言葉に出さずとも伝えてくれているような気がした。

もっと冷たい言葉を投げつけられると思っていた。過去の行いを糾弾されるかもしれないと半ば覚悟も決めていた。だが、ブルーはジョミーを罵倒するどころか、彼がが幾通りも予想していたどの筋書きの姿よりも穏やかで安定しており、まるで何事もなかったかのように暖かくジョミーに接してくれた。だが、ブルーの態度が優しければ優しいほど、ジョミーは胸の奥底を掻き毟られるような焦燥感と後悔の念に胸を焼かれた。


自分には、そんなブルーの優しさを受け取る資格などこれっぽっちもないというのに

ジョミーは固く目を閉じ、目の前に焼き付いて消えない情景を再度思い返した。







そこはブルーのフラットだった。本人は泣いていた事にも気づかなかったのかもしれないが、茫然自失で人形のように横たわるその顔は哀れなほどに涙で汚れていた。その細い身体が倒れていたのは、ベッドでも、ソファーですらもなかった。確か居間のフローリングだったように思う。ブルーの姿はそれはそれは酷い有様だった。少し間までは服だった筈の布切れはビリビリに引き千切れてその形状を留めてはおらず、暴れて抵抗した時のものか、その白い肌のあちこちは青黒く変色して痣になっていた。引っ掻き傷の様な蚯蚓腫れに、歯型もあちこちついていた様な記憶もある。

言うまでもなく一番酷かったのは下肢の状態で…。白濁した液体に塗れていただけでなく、かなり出血もしていた筈だ。どう贔屓目に見ても「暴漢に襲われた」以外に表現しようのない惨状だった。

ようやく我に返ったジョミーも一体何が起きたのか、自分の目の前の光景を全く認識できなかった。確かにブルーは頭も性格も良く男性にしては華奢で容姿端麗ではあったが、そもそもジョミーは昔から異性にしか興味はなかった。ブルーのことを邪な目で見ることなど考えもしなかった筈だった。博士課程の一年生だったジョミーは、当時既に博士号を取得済みで大学に在籍しながら平行して論文を数本書いているブルーにアドバイスを貰いに来ていたのだ。丁度その晩は空いているからとブルーのアパートに初めて足を運ぶ事になって、ジョミーの持参した論文の下書きを一緒に読んでもらっていて…一体何がきっかけだったのか、今となっても分からない。本当に、本当に衝動的にブルーに襲いかかっていて、次に我に返った時には目の前にブルーがボロボロの姿になって横たわっていたのだった。完全に素面だった。アルコールは一滴も飲んでいなかったし、当然薬物のたぐいも使用していない。魔が差したとしか言いようが無い。

しかしそこまでならばまだ救いようもあったかもしれない。悔やんでも悔やみきれない、本当の悪行はその後だ。

ジョミーは見るも無残な姿で倒れ伏すブルーをそのままにして…1人で逃げ帰ったのだ。

冷静になって目の前の光景に狼狽えたジョミーは、ブルーの姿を目にして、パニックで全身から血の気が引いた。きっと何かの間違いだ、このままここに居続けてはいけない。自分の許容量をおおよそ超えた出来事に、頭に浮かんだのはそんなことだった。

そしてブルーが正気に戻る前に、持ち込んだ私物をかき集め、身支度もそこそこにアパートから飛び出した。あの様子ではブルーは恐らくジョミーがいなくなったことすら気づかなかったに違いない。

自分のアパートに逃げ帰ったジョミーは、すぐさまシャワーに飛び込んで頭から冷水を浴びた。凍えるように冷たい水にやがて全身が冷えきってガタガタ震え始めるまで、ジョミーは水を浴び続けた。しかしバスルームで頭を冷やしながら少し前に起きた筈の出来事を何度反芻しても、自分のしでかした蛮行を全く理解することができなかった。いったい自分の精神のどこにあのブルーに襲い掛かるような要素があったのか、考えても考えても何も思い当たらない。一晩悩み抜いた挙句に全てを無かった事にする事に決めたのだった。今から考えても人として最低な決断だったとジョミーは思う。しかし、自分が男性相手に欲情するなどとはジョミーには到底信じられなかったし、認めたくすらなかった。実際その前もその後も、男性に対してその様な衝動を抱いたのはブルーただ一人だった。彼の存在さえ心の中から消してしまえば何もかも今まで通りになる筈だと、ジョミーは思い込もうとしたのだった。

しかしいくら現実から逃避したところで、翌日になればきっとキャンパス中に噂が広まっている筈だった。学内で知らぬ者のない人気者のブルーに暴行を働いたと、友人、知人達から糾弾されてもおかしくなかった。ジョミーは半ばそうなることを覚悟していたし、最終的には大学を辞める事になるだろうと思ってもいた。

犯した罪にふさわしい罰を受けるべく、覚悟を決めて授業に現れたジョミーに周囲はいつもと同じように話しかけ、笑い、冗談を言った。全くいつもと変わりない日常だった。ブルーはきっと起きられるような状態ではないのかもしれない。遅かれ早かれ、彼は誰かに告げ口をするだろう。そうなれば希望に満ちていた筈のジョミーの大学生活も、その先のキャリアも全て終わりを告げる。ジョミーは自ら犯した罪に対し断罪を受けるその日が来るのを半ば震えながら待った。

だが…不思議な事に、ブルーは結局誰にも何も告げず、何も行動を起こさなかった。その夜から一週間、ブルーは季節外れのインフルエンザにかかったからと大学に出てこなかった。その間ジョミーは生きた心地もせず、回復したブルーに糾弾される日を息を潜めて待っていた。しかし、やがて大学に出てきたブルーは多少痩せてはいた(おかげで病み上がりだという言い訳を皆信じた)ものの、以前と全く変わらないブルーだった。少なくとも、遠目には。

それからのブルーは書きかけの論文に集中するべくアパートに籠るようになり、程なくしてある企業からのオファーを受け、皆から惜しまれながら大学を離れた。体調不良を理由に、ブルーの送別会にはジョミーは出席しなかった。大学という環境が好きなブルーを口説き落としたのだから、きっと断りきれないような高給を提示されたに違い無い、と皆は噂した。が、若手とはいえ研究者としてのブルーの名は既に業界中に轟いていたので、彼の決断を誰も疑問に思わなかった。むしろそれまでブルーが大学に留まっていた事の方が不思議なくらいだったから。


本当に、まるで何もなかったようだった。
あれは、全てジョミーの夢だったとでもいうように。
それはジョミーを別の意味で打ちのめした。

泣きながら罵倒されたほうがまだ良かったとジョミーは思った。
自分のしでかしたことは、完璧なブルーにとっては何の意味もなく、彼にとって何の影響も与えなかったに違いない。それではまるで、自分の存在自体を根本から否定されたのと同じようにジョミーには感じられた。拒絶されて当たり前のことをしたのは確かにジョミーだというのに、恐ろしく自己中心的な考えではあったが、その意味を深く突きつめて考えることをジョミーの脳は拒否した。辿り着いてしまうかもしれない結論を認識するのが恐ろしすぎたのだ。


そしてブルーが自分を取り巻く世界から姿を消し去ってしまってからというもの、ジョミーは学業の傍らそれまで全く無縁だった女性との付き合いに病的と言って良いほどにのめり込んだ。元から人当たりも良く、端正な容姿で一際目を惹く存在だったジョミーがその気になれば落とせない女はいなかった。女性と付き合うことで、自分は男性になど興味は無いと証明したかった。そしてブルー以外にそのような衝動を覚えた同性はいなかったにも関わらず、ジョミーは何かにとりつかれたかのように次から次へと付き合う女を変えた。実際誰とでもジョミーは問題無く付き合えた。ブルーにあんなことをしでかしてしまったのも夢なのでは無いかと思うほどだった。学内の噂は全て掌握していると豪語するフィシスは、そんなジョミーの女性遍歴に眉を顰めた。が、ジョミーは誰の陰口も全く気に留めなかった。

しかし結局のところ、誰との付き合いも長続きはしなかった。一番長く付き合ったニナとは最終的には婚約にまでこぎ着けたのにも関わらず、だ。それなのに、将来を誓い合った筈の彼女とも結局破局した。「貴方は私の事を見ていない。いつも誰か他の人の事を考えているみたいだわ」と言われ、向こうからフラれたのだ。そんな筈は無かった。それまでに付き合った女性の誰にも本気になった事は無かったし、別れる時も未練を残した事など皆無だった。それなのに、ジョミーはそれに対して一言も反論できなかった。最終的に、それが答えだった。

ニナの言葉に真っ先にジョミーの脳裏に浮かんだのは、なぜか思い出の中に残る、銀色の髪と真紅の瞳を持ついつも穏やかな人の姿だった。ジョミーを見捨て、逞しくきっぱりと前を向いて歩き出したニナ。それとは対照的に、ニナから別れを突きつけられて初めて、ジョミーは自らが過去にがんじがらめに絡め取られていることを痛感した。彼女のまっすぐな気性と強さが眩しく感じられるほどに。

納得の上だったとは言い難い。が、一応友好的にニナと婚約を解消した後、まるで憑き物が落ちたかのようにジョミーの女性遍歴は終わりを告げた。男性は勿論の事、女性に対しても友人以上の感情を持つことが出来ない。私生活の乱れにも関わらず学業は順風満帆に進んでおり、無事に博士号も取得して論文も何本も発表したが、ジョミーの心の中から大事な何かがすっぽりと抜け落ちてしまったかのようだった。

そして何よりも。ブルーにあれほど酷い事をしたというのに、一度も謝ることが出来なかったのが心の中にいつも痼として残っていた。ジョミーがブルーにした事は控えめに言っても犯罪だ。すぐにブルーに全身全霊で謝罪すればまだどうにかなったかもしれない。が、ブルーが口を噤んだのを良い事に、全てを無かった事ににして、ジョミーは逃げた。ブルーからも、自分自身からも。自分の制御を失わせるブルーの存在が恐ろしかった。が、なによりも恐ろしかったのは、ブルーに劣情を抱き、欲望のままに引き裂いた自分自身の醜さだった。聡明なニナはもう随分長いこと気づいていたに違いない。それでも自分を支えようとしていてくれた。が、それでは全く何も変わらないことを彼女はジョミーよりも先に悟ってしまったのだ。





魂を揺さぶるような、遠くに響くもの悲しげな獣の遠吠えに、ジョミーははっと意識を引き戻された。一体どれだけの間過去の回想に浸っていただろう。ジャケットも持たずに出てきたから体はすっかり冷え切ってしまっているし、地平線からその姿を現したばかりだった月も、今では高い天空の真ん中に冷たく光り輝いている。知らずのうちに固く握りしめていた拳をゆっくりと開く。暗くてよく見えないが、掌に爪の跡がついていそうだった。

ジョミーはついでに両手で頬を叩くと、それまで腰掛けていた岩から立ち上がった。こんなところで1人手をこまねいていてもどうしようもない。どれだけ悩みぬいたところで、既に自分が次にとるべき行動は決まっていた。どうしても、一言だけでもいい、とにかくどうしてもブルーに何か伝えずには帰れない、その気持ちは膨れ上がる一方で、いつ爆発してしまうかわからない状態だった。せっかくフィシスがくれたチャンスだ。どうにかしたい。

だが、伝えるといっても、何をどう伝えればいい?ジョミー自身ですら自分の気持ちがわからずにいるというのに。言葉には力がある。今までひた隠しにしてきた気持ちが、あえて口に出すことではっきり自覚せざるを得ないような気がして、それが恐ろしい。それに、ブルーはひょっとしたらもう就寝してしまったかもしれない。もしそうなら、起こすのは忍びない…。ジョミーが逡巡している間にも、すでにかなりの時間が過ぎてしまったようだ。だが、もし彼がまだ起きていれば…。引き返してもし、彼の玄関先のポーチに灯りがまだついていたなら。そうしたら、一歩踏み出す勇気が出るかもしれない。ジョミーはいまや、ブルーを再訪するための言い訳ばかりを探していた。ブルーのドアをノックして。なんと言う?今更何を、言えばいい?

それでも…今ここで引き返さなければ、今度こそ大事な何かを失ってしまう気がした。それが結局のところ自分の我侭であるということは痛いほどに理解している。ブルーは精神的にすっかり落ち着いているように見えたし、自分の今の生活に十分満足しているようだった。過ぎたことを掘り返して今更何になるという気持ちも捨て切れない。それでも…。


ジョミーは車に乗り込んだ。

彼の玄関ポーチに灯りがついていることに一縷の望みを託して。

灯りさえ、ついていたなら…。

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