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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:アリゾナ(完)
大した内容でもないのにボヤボヤしてたら一年越しの完結になってしまいました(ーー;)もっと前に大体の内容は書けていたのですが、最近自分の文章が本当に気に入らなくて書き直し書き直し書き直し…ってやっていたら無駄に時間が過ぎておりましたよ(ーー)ほんと〜〜〜〜に大した内容じゃないのですが、一応完結です。もっと続けようかと思ったのですが書いてみたら明らかに蛇足だった上に元ネタの曲のイメージと違ってきてしまったので。バッサリ切り捨てました。元ネタ曲の内容自体は、引き返そうかどうか立ちすくんだまま迷っている、というのがメインだったのでテーマ的には実質(2)で終わっても良かったのですが(笑)

というわけで、どうぞ〜〜〜↓






Side: ブルー



自分はちゃんと自然に振る舞えただろうか。

二人分のコーヒーカップを片付けながら、ブルーはぼんやり考えた。

彼に会うのは本当に久々だった。背が少し伸びた、顔立ちがますます端正になった、気のせいか体格も良くなった。相手のそのような些細な変化にいちいち気づく事自体ブルーにとっては非常に珍しい。それほどにもブルーは他人の存在というものに全く無頓着だった。一度など毎日顔を合わせるゼミの女性が失恋したとかで腰まであった髪をバッサリ切ったのにすら気づかなかった有様で、あの時はさすがにフィシスに散々油を絞られた。そもそも彼女の名前も記憶になかったことで更に呆れられたほどだ。ちなみに彼女の名前は今でも記憶に無い。


もっと他人に興味を持て。
周囲の人間に存在に気を配れ。


長年の友人であるフィシスには耳にタコができるほど説教されたものだが、どんな言葉もブルーの心に届いた試しは一度としてなかった。ブルーはもともと自分を取り巻く人間関係に対しての興味というものが恐ろしく希薄だった。持ち前の美貌に加え、人当たりは良く穏やかで聞き上手のブルーの周囲にはいつも人が集まったが、ブルーが心を許したいと思える相手は殆どいなかった。周りにいたのが信用に値しない人間だったという訳ではない。基本的にそれがブルーの生まれ持った性分だったし、自分に何か人間として大きく欠けた何かがある事を聡いブルーは随分早い時期から理解していた。何しろブルーは複雑な身の上で、実の親の顔さえ知らずに育ったのだから仕方無いことだと割り切ってもいた。

そんなだから大学にいても誰の顔も同じに見え、誰の名前も等しくブルーにとって何の意味も持たないと言っても過言では無かった。ブルーにとっては研究が全てで、それに関わる者だけがかろうじてブルーにとって「社会」と呼べる何かを構築していた。唯一、幼馴染で同じ大学に進んだフィシスが色々世話を焼いてくれたおかげで変人扱いされずに済んでいた。その点ではブルーはフィシスに感謝してもしきれない。彼女の厳しい言葉もすべてブルーのことを心配してのものであることくらいはブルーにも分かる。ただ世話好きな性分というだけで、何の見返りも求めずブルーの面倒を見てくれるフィシスはまるで母親のようですらあった。だがそんなフィシスに対してですら、情があるかと聞かれれば「無いこともない」という程度の気持ちしか今だにブルーは持てずにいる。

それなのに一体いつからジョミーの顔と名前が記憶に残るようになったのか、ブルー自身にも分からない。眩しい金髪に鮮やかな緑の瞳。そして人を惹きつける裏表のない笑顔。気がつけばいつも彼の姿を目で追っていた。入ってきたばかりにも関わらずブルーに負けず劣らず彼には人望があり、常に周囲に人が集まってくるような何かがあった。ジョミーが持つ生来の人懐こさのせいか、ブルーはジョミーに盛大になつかれた。全くそうとしか形容しようの無い関係だった。ブルーが既にジョミーが関心を持った分野で何本も論文を発表していることもあってか、ジョミーは屈託無くいろんな質問を投げかけてきて、時には非常に興味深い議論に発展することもあった。



そんなある日のことだった。「あれ」が起きたのは。



同じ分野に立つジョミーの研究的視点は、ブルーのそれととても良く似ており着眼点は鋭いものだったが、いかんせん彼には知識も経験も足りなかった。そこでジョミーの初めての論文を共同執筆するという話が出たのだ。ブルーにとってもこれとないチャンスだった。なにより、ジョミーと共に時間を過ごせるというだけでブルーの心は知らず知らずのうちに高鳴った。その時ブルーはまだ自分がジョミーに対して抱いていた感情を自覚すらしていない時期だった。早速概要の下書きが仕上がったと報告するジョミーに、せっかくだからじっくり読み込んでその場で意見を交換しようと、自分のフラットに呼ぶ事を提案した。

考えてみるとそんな自分らしくもない発想を実行に移した事が一番の失敗だったのかもしれない。ブルーはそれまで自分のテリトリー内に他人を入れた事など一度も無かった。自宅に招待するなど以ての外だ。だから慣れない事をした罰を受けたのかもしれない。そうとでも思わなければその後起きたことに全く何の説明もつきようがなかった。

あれからブルーは幾度あの記憶を反芻したか、到底数え切れない。初めて自宅にジョミーを迎え入れるに当たって、やけにうきうきと機嫌が良く、普段はあまりしない掃除までした事は覚えている。将来有望な研究者の卵と邪魔者無しに、心ゆくまで研究内容を語り合えるのだ。ジョミーはこの分野に入ったばかりだったが、その鋭い思考とユニークな着眼点は明らかに他の院生に比べると頭一つ抜きん出ていた。そのような優秀な生徒に好かれて悪い気のする筈も無い。彼の柔軟な思考に触れて、自分の研究も更に伸びていくだろうという研究者としての確信もあった。

それが一体何がどうなってあんな事が起きたのか。
自分は一体何を間違ってしまったのか。

ほんとうにそれまで熱く論文内容に関して意見を交換していた筈だったのが、隣のジョミーが返事もせずに押し黙ってたのに気づいて様子を伺ったところ、あっという間も無く床に押し倒された。彼の細く見える体型からは想像もつかない、恐ろしいほどの力で押さえ込まれていた。ジョミーの目の色が文字通り変わっている事にブルーはその時初めて気がついた。彼の瞳の中で、まるでエメラルドが燃えているように思えた。咄嗟の事で状況が全く把握出来ず、つい身体の自由を求めてもがいてしまったのもいけなかったのかもしれない。それが最終的に引き金を引き、ジョミーは文字通り獣になってブルーに食らいついてきた。他にそうとしか表現しようがない。その後の事は本当に霞がかかったようによく思い出せなない。印象に残った事といえば、せっかくジョミーに会えるからと身につけていたお気に入りのシャツが引き裂かれてしまった事と、痛くて苦しかった事くらいだ。記憶がぼやけていたのは結果としてブルーにとって良かったのかもしれなかった。

何故なら…ブルーがしばらくして我に帰った頃には、ジョミーはすでに忽然と姿を消していたからだ。

不思議と何の憤りも感じなかった。実のところ、ブルーが似たような目にあったのはこれが初めてではない。幸か不幸かその経験に助けられ、無意識に体へのダメージを最小限に抑えることができた。そうでなければ心身共にもっと深く傷を受け、そこから立ち直ることは難しかっただろう。加えてブルーは自分を大事にするという事に関して元から更に無頓着であったから(おかげでいつもフィシスに叱られている)、自分がことさら理不尽に酷い目にあったとは思わなかった。

きっと、何かの間違いだったのだろう。ジョミーのはたまたま虫の居所が悪くて、学業かプライベートの何かでストレスを溜めていて。それが爆発してしまったタイミングでその場にいたのがブルーだったというだけのことに過ぎない。

ブルーはあちこち痛む身体で文字通り這いつくばってバスルームに辿り着き、バスタブになんとか座り込んで 長い事シャワーのお湯を出しっ放しで全身を流し続けた。途中吐き気がこみ上げてきて嘔吐もしたが、湯が綺麗に全てを流してくれた。下水に何もかもが吸い込まれていくさまを項垂れて見つめながら、せっかく彼が仕上げてきた論文の下書きをまだ全部読み終えていなかったなと、ブルーの頭の中に浮かぶのは明らかに状況に似つかわしくない、ただそんな小さな些細な後悔だけだった。時間も忘れて座り込んでいたので、いつしか湯が水に変わっていたのも全く気がつかず、全身が芯からすっかり冷え切ってしまうまでブルーはただ水を被り続けていた。

おかげでなんとか身体は清めたものの。 ブルーはその晩熱を出し、ベッドから起き上がれるようになるまでに数日を要した。心配して連絡を入れてきたフィシスにだけ「体調を崩した」と簡単に知らせた。それだけで必要な人達に必要な情報が届く筈だった。フィシスはそういう意味では非常に優秀で、学部内の情報ネットワークを牛耳っていた。ブルーにはとても真似の出来ない芸当だ。ブルーの社会生活は、フィシスのサポート無しには回っていかなかったといってもいい。


しかし体が完全に回復してから、ブルーは新たに今まで対面したことのない新たな壁にぶつかることになる。

ジョミーの前でどう振る舞うべきか。


ブルーとしては、ジョミーに余計な負担をかけたくないと考えていたので、やはり何事もなかったように、普段通りに過ごすのがよかろうという結論に達していた。あれは彼の一時の気の迷いに違いない。自分さえ普通にしていれば、彼も元通りに自分に話しかけてきてくれるだろう。そう、考えていた。だって、あんなことは大したことではない。だから、ジョミーにだって気に病んで欲しくはない。

自然に、さりげなく。
何事もなかったように。
そうしていれば、彼も自分の日常の中に戻ってきてくれる。
何もかもが元の通りに。
そのはずだ。

子供のようにまっすぐにそう信じていたブルーは、やはり人としてどこかずれていたのかもしれなかった。

やっとなんとか体調が回復して大学に復帰して、ブルーは自らの出方を決めあぐねた上にしばらく様子を見ていた。だが、ジョミーが極力ブルーを避けようとしていることに、さしもの鈍いブルーもさすがに気付いてしまった。これが他の者相手であればブルーがそのような他人の機微に気づくことなど絶対になかったであろう。が、以前はあれほどうるさいくらいに自分にまとわりついてきていたジョミーが自分の顔すら見ようともしなくなり、さすがにブルーも状況の変化を認めざるを得なかった。折しも季節は誰もが準備に忙しい学会の季節であったため、幸いに他の誰も2人の関係の変化に気を留める者はいなかった。

ただ1人、フィシスだけが時々何か言いたそうな目でブルーを見ているのみだった。日常生活のことならばそれはもう煩いくらいに小言をこぼすフィシスが、何故か今回ばかりは何も言ってこないのも少々不気味ではあった。

一週間経ち、二週間経ち、時は一方的に過ぎていく。そしてさすがのブルーもやっと自分の置かれた現状を理解した。ジョミーは全てを忘れて何もなかったことにしようとしている。そればかりか、ブルーの存在すらも見ないようにしている。自分から声をかけようにも、近づく前に空気を察知されるのか、さりげなく避けられ、一度として成功した試しはなかった。メッセージやメールを送るという手もあったが、もともと対人関係に長けているわけではないブルーにはこの状況で彼に伝えるべき言葉は一つも思いつかなかった。唯一このような時に頼れる存在のフィシスには、詳しい内容を告げずには相談できそうにもない。いくらフィシスでも、いや相手がフィシスだからというべきか、とてもではないが知らせたい内容ではなかった。完全に八方塞りだ。

今まで他人の存在などほとんど気に留めたこともなかったというのに、いざジョミーとコミュニケーションが取れないという事態になって初めて、ブルーは寂しいという感情を覚えた。生まれてこのかたブルーが今まで一度も感じた事のなかった心の動きだ。


あの屈託の無い笑顔をもう一度見たい。自分の側に来て、話しかけて欲しい。
だがそれはもう、二度とブルーの手には入らない。


それを初めて自覚した夜、ブルーはやっと初めて自分が恋をしていた事に気付き、そして同時に自分が失恋したことに気がついた。
ブルーにとって、それが最初で最後の恋だった。

何故かはわからないが、自分はもう大学にはいられないと思った。ジョミーの視界に自分がいないことが恐ろしく寂しかった。だが、相手に避けられていることを知りながら自分の気持ちを本人に告げる勇気など当時のブルーにはカケラもなかった。幸いブルーの研究は非常に順調に進んでおり、引く手数多だったために就職先を見つけるに当たって何の問題もなかった。

そうしてブルーは逃げるように大学を後にした…。いくつかの輝かしい業績を上げた後、理解のある上司のおかげで在宅で働くことを許可され、こうして普段は職場から離れた田舎で静かに暮らしている。月に1、2度職場に顔を出す以外は自宅に構築したネットワークを駆使して研究に打ち込める。物好きな金持ちが建てたらしい、この土地にしては掘り出し物の家を買い、更にセキュリティを万全にするために大々的な改装も行った。のどかで危険からは程遠い街ではあるが、過去の経験を鑑みるに用心するに越したことはないからだ。幸いなことに、コヨーテなどの野生動物(彼らは基本的に人間を避ける生き物だ)の他に懸念すべき案件は今の所起きていない。かつての大学の知人関係では、フィシス以外に今の自分の居場所を知る者はほとんどいない。この穏やかな暮らしをブルーは大変気に入っていた。


ところが静かな日々に波紋を投げかけるように、ここにきてフィシスから連絡が入った。彼女の結婚が決まったこと。その招待状を共通の知人に持たせたから、ほどなくブルーの元を訪れる者がいるだろうということだった。わざわざ手渡しをしようというのに来るのが本人ではないとは。フィシスははっきりとは言わなかったが、その知人というのがジョミーであることは明白だった。聡い彼女はブルーが何も言わずとも何かを察していたに違いない。ブルーは困惑した。何故今になってという気持ちのほうが大きかったが、フィシスの思惑が理解できないのは今に始まったことではなかったので、有り体に言えばブルーは諦めたのである。今までの経験から、どうせ何を反論したところでいずれフィシスに言い負かされることはわかりきっていたからだ。

自分でも形状し難い感情に胸を膨らませながら、ブルーはその日を待ち続けた。自分の中にくすぶっているものが何にせよ、それなりに年月も経過している。どのような負の感情もある程度は風化しているはずだ。彼を落ち着いて迎えることが出来る筈。「あのこと」については一切口にしないと既に決めていた。せっかくフィシスが作ってくれた機会を、彼にみっともなく縋りつくことで台無しにしたくはなかったのだ。そういう意味ではブルーは良い意味で自らの気持ちに鈍感な人物であった。


そして今日がとうとうその当日だった。

すでに心の準備を済ませていたせいか、実際ブルーは表向きは動揺することなくジョミーを歓待することができた。成長したようでいてあまり変わっていないジョミーの姿を見ただけでブルーの胸は高鳴った。最初は緊張もあってか多少居心地が悪そうにしていたジョミーだったが、ブルーが務めて平静を保って話しかけているうちに、昔のように打ち解けてきた。実はブルーが他人にそのような気遣いをしたことすら初めての出来事であった。一度口火を切れば元々趣味は嗜好の似通った二人の事、とめどなく話題は尽きることがない。懐かしい大学のメンバーそれぞれの近況報告、自分の仕事や職場、学術誌で話題になっている最先端のテクノロジー、ジョミーが今手掛けているプロジェクトについて、そしてフィシスの婚約。式は少し田舎のガーデンウエディングになるらしい。フィシスらしいとブルーは思った。

ああ、この感じだ、とブルーは思った。沈黙を恐れる必要がなく、思った事を口にすることができる。何を話しても真摯に聞いてくれる。話題が一見全く無関係の事柄に飛んでも何の問題もなくついてくる。まるで息をするように、彼と話すのは自然だった。他人を寄せ付けることのなかった自分が唯一ジョミーとだけは好んで話したいと思っていた理由の全てを難無く思い出す事ができた。そこにあったのは、自分がいつも夢見ていた穏やかな時間だ。飲むかどうかも分からないがとりあえず用意したコーヒーと菓子類もきちんとジョミーは平らげた。ちなみにブルーは意外に甘いものが好きなのだが、そんな些事すらジョミーは覚えていたようだった。

ついつい話が弾み、気がつけばかなり夜が更けていた。時間も時間だし、近くにはろくな宿も無い。もし彼が泊まっていきたいといえば自分はどうするだろう、とふと思ったのだが、ジョミーの気質から考えてそれはなさそうに思えた。案の定ジョミーは暇乞いをし、ブルーはそれを穏やかな気持ちで見送った。

思ったよりも楽しかった。ひょっとすると、これからも時折はこうして旧交を暖め合える仲になれるかもしれない。少なくとも彼はフィシスの式に行くようだったから、自分も行けば彼にまた会える筈。そんなことを思いながらも、ブルーは名残惜しそうに扉を閉めながら、去ってしまったジョミーに一抹の寂しさを感じていた。

本当はもっとあのままいて欲しかった。もっと色々なことを夜通し語り合いたかった。なんなら数日くらい泊まっていってもらってもいい。休暇はフレキシブルに取れるシステムだから彼さえ良ければ仕事に関しては全く問題ない。

彼に…側に、いてほしい。

ただの感傷ではあり得ないごくごく自然に飛び出したそんな考えに、驚かなかったといえば嘘になる。しかし、ブルーにとってはそれはなによりも自分の心の中にすとんと落ち着いた。フィシスがなぜわざわざこのような機会を設けようとしたのか、分かったような気がした。自分よりも自分を理解してくれていたフィシスの事だ、こうなることを見越していたに違いない。過去を振り返らずにただひたすら前進を続けた挙句に、何年もかかって、やっと自分の本当の気持ちに気づいたのだ。

急に自覚してしまった自分の想いに、ブルーは狼狽えた。同時に今までの人生で全く感じたことのなかった寂しさに苛まれた。普段住み慣れている筈の人里離れた一軒家で、ブルーは初めて孤独を自覚した。誰かと一緒にいたいという気持ちとはこういうものなのか。誰かの存在を欲するなどと、ブルーには全く経験のないことで、どうするべきなのか対処法すら思いつけない。たとえ決して自分の手に入らない存在であっても、矜持を捨てて追いすがるべきなのか。ジョミーは既に今頃ハイウェイに乗って帰路についている筈だ。どのみち今から追いかけたところで間に合うべくもない。それならせめて彼の声が聞きたい。今この場で電話をかけてもジョミーは別に怒ったりはしないだろう。だがつい先ほどまで話していたのだ、しつこいと疎ましがられないだろうか。今日が無理ならば、日を改めてまた声を聞ける機会を作らねば。天才と謳われるブルーの脳内で、瞬く間にいくつものシナリオが閃いては消えた。

ブルーの目はマントルピースの上の写真立てを眺めた。院生時代のブルーとジョミーが二人で屈託無く笑っている。ブルーの家の中に飾ってある唯一の写真だった。自分はきっと、あの頃からずっとジョミーに好意を抱いていたのだ。ジョミーはこの写真立てを手に取ったのだけれど、何も言わなかった。自分もことさら声をかけるようなことはしなかった。過去を引きずっているのは自分だけのような気がして気恥ずかしかったのだ。

しかし、いくらなんでも気が逸りすぎだ。まずは頭を冷やさなくてはならない。ぼんやり考え込んでいただけでで結構な時間が経過してしまっていたようだ。いくら宵っ張りのブルーとはいえ、そろそろ就寝しなければ明日の仕事にも差し支える。だがこの体たらくでは睡眠を取れるかどうかもわからないが、とブルーは冴えきった頭で考えた。未練がましく付けっ放しだった門灯もそろそろ消しておかなければならないだろう。ブルーが普段この家に他人を迎えることは滅多にないため、門灯をつけたのもかなり久々だった。食器を片付けたブルーはまずは外の電気を消そうと玄関へと向かう。


すると、ブルーの耳にコツコツという微かな音が聞こえてきた。

あまりにも控えめで、普段のブルーなら確実に聞き逃していただろう、それくらい小さな控えめな音だった。が、確かに誰かがドアをノックしている。ブルーの全身に緊張が走った。

日が落ちてからブルーの家を訪れる者は滅多にいない。修理業者や配達員などが来ることは勿論あるが、大体昼間になるように調整している。もし何者かが良からぬ目的でこの家に近づいてきているのなら問題だ。勿論セキュリティは万全にしてあるし、見かけは小さな普通の家に見えてもこの家に押し入るのは容易ではない。ブルーはキッチンの引き出しの隠し場所から護身用の拳銃を取り出した。いざというときに使い物になるよう、射撃もそれなりに習得済みだ。何かあればすぐに発砲できるようセーフティをオフにしてモニタを確認すると、なんと玄関先に佇むのは随分前に出発した筈のジョミーだった。どうやら襲撃者の可能性は無くなって緊張は解けたものの、新たな疑問が浮かぶ。彼はもうとっくに帰路についていた筈ではなかったのか。リビングは片付けたばかりだが、別段忘れ物などは見当たらなかった。

頭を捻るブルーの耳に、再度ノックの音が届いた。ブルーは銃を隠し場所に戻すと、慎重に鍵を外してドアをそっと開けてみた。そしてさらに驚愕した。

鈍い橙色の灯りに照らされながら立ち尽くすジョミーの両目が濡れている。予想もしていなかった出来事に呆気に取られたブルーの目の前で、次から次へと大粒の涙がジョミーのエメラルドのような瞳から零れ落ちた。時々きらりと光を反射するそのさまに、綺麗なものだとブルーはぼんやり思った。あまりにも予想外の出来事に、全く思考が追いついていない。

「…ジョミー…?一体、どう…」

ブルーが言い終わらないうちにジョミーが目の前で地面に崩折れた。

「ブルー、ブルー、ごめん…ごめん、なさい…」

全く状況が掴めないものの、とにかく謝られていることだけは分かった。今の所謝罪を受ける心当たりはひとつしかない。が、とにかくボロボロ泣きながら謝罪の言葉を繰り返すばかりのジョミーを玄関先にそのまま置いておくわけにもいかず、とりあえずブルーはおろおろしながらジョミーを家の中に入れてドアを閉めた。うずくまったまま咽び泣くジョミーと目線を合わせようと、自らもオーク材の床に膝をつく。

と、いきなりジョミーに抱きすくめられる。こういう状況でどうするべきか、ブルーにはそんな基本的な知識すらない。が、本能の命ずるままに唯一自由に動かせる右手をそろそろとジョミーの背に回すと、宥めるようにぎこちなくぽんぽんと叩いた。すると、そのまま息もつけないくらいの力でぎゅっと抱きしめられ、懺悔のように吐かれた息と共にか細い声が聞こえてきた。その内容に、ブルーの心臓が一瞬鼓動を止める。

「ブルー、好き、好き…なんだ…あなたを傷つけて、本当に…ごめんなさい…」

ブルーは一瞬自分の耳を疑った。が、堰を切ったように泣きじゃくる青年の震える唇からは間違えようもなく同じ言葉が何度も零れ落ちては消えていく。ジョミーが顔を埋める肩がじんわりと濡れていくのを感じながら、ブルーの頰を熱いものが伝っていく。ジョミーの腕の中は暖かくてとても居心地が良かった。いつまでもここから出たくないとすら思えてくるほどだ。いつしか二人で固く抱き合って子供のように泣きじゃくりながら、何かが確実に変わる予感をブルーは確かに感じていた。



END!

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