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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
「Nutcracker and the Four Realms」を観ました
ディズニーの「Nutcracker and the Four Realms」、邦題「くるみ割り人形と秘密の王国」を観ました。

この映画、予告がすごく素敵なんですよね〜〜だからちょっと気になってたんだけど、わざわざ劇場に足を運ぶほどでもなし。そんですっかり忘れ果ててたんですけど、クリスマスシーズンはやはりクリスマス映画を!みたいな家族の熱気に押されて観ることになりました。というか毎年同じようなクリスマス映画ばっかり赤(仮名)さんが観るもんだからこちらも飽きてくるってもんですよ。で、これならまだ未見だしいいかなって選んだんんですけど。

まあね〜〜〜〜ディズニーだしね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ディズニーに期待した私がおばかちゃんでしたよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

という感想だったので、お好きな方は読まないほうがいいです。いつも通りネタバレバリバリなので畳んでおきます↓

あっ畳むのは一度しかできないので、いただいたコメントのお返事は次回にさせていただきますね(^^)





全体的な感想をぶっちゃけるとすると

「私の知ってるくるみ割り人形じゃない」

この一言に尽きると思います…。私は童話バージョンは子供の頃読んだ事があって、幻想的で素敵な話だったというおぼろげな記憶しか残ってないのですが、この映画はそれを散り散りに踏みにじる作品でございました。


ストーリーは、母親を亡くした一家の中間子であるクララ(原作のマリーではない)がお父さんと姉と弟のフリッツ(原作では兄だった)の三人でドロッセルマイヤーおじさんのクリスマスパーティーに赴きます。このドロッセルマイヤーおじさん、何をしてるおっさんか知らんがやたらと大金持ち。このおじさんが昔死んだマリーにあげ、クララが形見として引き継いだ銀の大きな卵を開ける鍵が無いってのがそもそものストーリーの始まり。

ここで「アっディズニーめ!」の1ポイント目なのですが…。まずさ、ドロッセルマイヤーおじさんが黒人キャスト。ディズニーがものすごく不自然なほどに人種配慮をプッシュしてるのはもう周知の事実というか常識なんですが、そういうのは現代とか未来が舞台の話でやるべきであって、ヴィクトリア朝時代のロンドンでやるべきことでは決してないと思うのですが!!!!黒人がこの時代こんな金持ちになれるわけがないし、なれたとしても社交界でこんな人気者になれるわけがない…。たとえばここで渡辺ケンちゃんが配役されていたとしても私は全く喜べないですね(ーー)一体誰に対する配慮なのか小一時間問い詰めたい。

その超怪しいドロッセルマイヤーおじさんが子供たちにプレゼントタイム〜とかいって、一人一人招待された子供のタグがついた紐を辿って行くとプレゼントにたどり着く、この演出はすごく素敵だったと思います。

が、素敵だったのはそこまで(ーー)

そういえばここで弟のフリッツが貰ったプレゼントがくるみ割り人形で、「これお姉ちゃんの彼氏ね」とかいう全く意味の分からないフラグが立ちます。そもそもなんでフリッツを弟にしたのかよくわからん。原作ではフリッツ兄ちゃんはくるみ割り人形のために人形の剣をくれる大事な役どころなのに、弟版フリッツの見せ場(?)はこれだけ。

それでクララが自分のプレゼントの紐をたどって行くと、ナルニア王国よろしくファンタジーな世界に出ます。紐の先にはクララが探していた、銀の卵を開ける鍵が!しかしその瞬間ネズミが鍵を奪って逃げていきます。クララがネズミを追いかけて行くと王国の門番であるくるみ割り人形、フィリップと出会います。

ここで「アっディズニーめ!!」の2ポイント目なのですが…。このフィリップがまたもや黒人キャスト

なんで?!?!

という気にしかなれない…。ドロッセルマイヤーおじさんだけでよかったじゃん?くるみ割り人形ってそもそも主人公のお相手役、王子様役じゃん??なぜにそんな大事な役をそうやって人種改変しちゃうん?!?!お店で売ってるくるみ割り人形、みんな普通に白いよね??

つまりこのお話は美少女クララとこの黒人青年がくっつくお話なのか、ってわけでここで私の興味は完全に死滅いたしましたよね。現代とか未来の話ならいくらでもどうぞだけどさあ…なんで古典の映画化でわざわざこういうことやるんだか…。確かに原作の童話では、くるみ割り人形はドロッセルマイヤーおじさんの甥なので同じ人種なのは一応理にかなってはいるのですが、そもそもこの映画、全く原作に忠実じゃないしね(ーー)理由になってない。

とりあえずそこで判明するのが、クララの母親マリーはかつてこの王国の女王であったという事実。つまりディズニー的には「これはくるみ割り人形の続編(概念)です!だからちょっとくらいの改変は多めに見てね(はぁと)」的な何かなのでしょうか…。そんで4つめの王国に逃げ込んだネズミを追いかけていったクララはネズミの集合体に襲われますが、フィリップに助けられてなんとか逃げ伸びました。

フィリップに連れられて三つの王国の摂政達に目通りするクララ。どうやらこの世界では時間はものすごく早く動いているので、長い時間過ごしていても現世の間ではほんのわずかの時間しか経過していない事が分かります(ドロッセルマイヤー邸宅では未だパーティーの真っ最中)王国が長い事待ち望んでいたマリー女王の帰還どころか、マリーは既に死亡しておりその娘のクララもこの王国には何の興味も無い事を知りがっかりする摂政達。そして4つめの王国の摂政はマリーが昔王国を去ったのちに悪に染まり、ネズミがはびこる恐ろしい国になってしまったという話。

そこで王国とマリー女王の関係を紹介するバレエを見せられるのですが、この小バレエ劇場のプリマドンナ(マリー女王役)も黒人女性(アっディズニーめ3ポイント目…)

ディズニーにここまでしていただいて、黒人の皆様方は本当に喜んでいるのか??甚だ疑問です(ーー)どう考えても人種配慮の枠を超越した何かですよ。そしてもっとぶっちゃけると、このプリマドンナのバレエがあんまり綺麗じゃなかったんですよね(ーー;)もうさあ…みんなわかってて言わないだけだと思うけど、人種によっていろんな分野の向き不向きってやっぱりあるよね。このプリマドンナ、ちょっとムキムキすぎたと思うの。せめてもう少し痩せ型の人が良かった…。


思い入れゼロなのでガンガン残りのあらすじを述べますと、亡くなった母マリーはクララと同じく手先が器用で機械工作がお得意だった模様。マリーの作ったレーザー照射機(としか表現しようがない)のおかげでおもちゃ達に魂を吹き込むことができて今のような王国が出来たわけですが、マリーの失踪(?)とともにその機械を動かすための鍵も失われてしまい、ネズミ達から王国を守ろうにも丸裸状態。そしてその機械の鍵はクララの探し求める銀の卵の鍵と同じであることを確かめ、クララは四つ目のネズミ王国に鍵の奪取に向かうことにします。

ネズミ王国はとても不気味なところで、ネズミ達に襲われて兵隊達は大ピンチ。クララはネズミ王国を統べるマザー・ジンジャーと対峙し、彼女から銀の鍵を奪い取ります。銀の卵を開けてみて、中が単なるオルゴールだったことにがっかりのクララ。

とりあえず皆のところに戻り、レーザー照射機に鍵を入れて回すと、三人の摂政の一人、シュガープラムがいきなり悪役に変貌。王国を見捨てたマリーを恨み、このレーザー照射機を使って自分の命令だけを聞く兵隊をガンガン増やして四つの王国全てを乗っ取ろうというのです。

あ〜〜〜〜そういうやつでしたか〜〜〜〜〜〜。

つまり、ネズミ王国を統べるマザー・ジンジャーは良い人だったというオチ。そしてネズミ達も正義の味方だったという更にアホくさいオチ。

ネズミがいい奴だったらさあ〜〜〜〜〜〜全くくるみ割り人形じゃないじゃんよ〜〜〜〜〜〜。

ワル軍団に見えていたけれど実は良い人たちでした!っていうネタはさ、キャンプテン・マーベルでもやったじゃない?

わざわざくるみ割り人形でやるようなこと?!?!

クラシックなおとぎ話をいくつぶっ壊せば気が済むの、教えてディズニーの偉い人〜〜〜〜〜〜。それとも何か、やっぱりディズニーはミッキーマウスに忖度しなくちゃいけないから、種族的配慮でネズミを悪者にしちゃいけないという決まりでもあって?!?!(これが真実だとしてももう驚かない)

そんでまあ、シュガープラムの暴走を止めるために主にクララとフィリップとマザージンジャーとネズミ達が色々頑張って、レーザー照射のレバーを逆に引いたことによりシュガープラムは魂を抜き取られて元の玩具に戻ってしまって王国には平和が戻りました。クララはフィリップに送られて元の世界(まだダンスパーティーの真っ最中)に戻ることができました。めでたしめでたし。


これのどこがくるみ割り人形だ(ーー)


そもそもこの映画、くるみ割り人形である必要が全く無かった!一応くるみ割り人形(フィリップ)は出てくるけど、人形に戻る場面は一瞬たりとも存在しなかったので、別に「フィリップという青年」だけでも全く何の支障もなかったし、ネズミがネズミである必然すら皆無!森のリスとか兎でも全く問題なかったよね。そういえばドロッセルマイヤーおじさんの飼っているフクロウがいかにも意味ありげにクララのあとをついて王国にも入ってきたけど、大事な場面で何か助けになるのかと思いきや、あいつ全く何の役にも立たず、ただ見てただけっていうね。なんかちょっとハリポタぽい感じを入れてみました、みたいな…それ以上でもそれ以下でもなかった…。

一番モヤモヤしたのは、せっかくくるみ割り人形という題材を取り上げておきながら、元ネタの音楽があまり生かされてなかったこと。最初にクララが王国に案内されたあたりのところで、それこそシュガープラムか行進曲か忘れちゃったけど、あっこれこれって流れ始めた曲を聴き始めたらものの五秒でカットされた日にゃ〜〜〜…(ーー)一体ディズニーはこの題材で何をしたかったのかわからんちんですよ。そもそもあまりカルチャーの無い(酷い言い草)アメリカでさえ、女の子の習い事にダンスやバレエをやらせる家は結構あるし、そういうところは冬は毎年必ず!くるみ割り人形をやるんですよ。だからストーリーにも音楽にも慣れ親しんでる家庭は結構あると思うんですよね。生かさない手はないよね???自分達が踊ってるお話をちゃんと映画で見られる!それを楽しみにしてたご家庭も多かったと思うんですよ。それなのにああそれなのに…。

あと結局フィリップとクララはちょっとイイ雰囲気になっただけでさよなら〜ってお別れでした。あの二人がくっつかなくて心底良かった(ーー)だがそれだけで許されると思うなよディズニーめ(ーー)

お金だけはやたらとかかっていたのは確かでしたが、本当にそれだけの映画でした。あんだけお金かけたんだったらもっと原型の完全な再現もできたと思うのに勿体無い…。心底勿体無い…。アンデルセンやグリム童話などもそうだけど、お話で読んだ通りの再現をしよう!というような気骨のある監督さんっていないのかしら。もうさ、「モダンな解釈」にはうんざりですよ…(ーー)結局子供達はこういうのをみて「このおとぎ話はこういうストーリーなんだ」って刷り込まれちゃうわけでさ…勘弁してほしいのです。まあしっかり本を読まない子供が悪いんだけどさ(ーー;)
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