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ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:カリスマシェフ・シン様
チャットで誰が料理上手そうみたいな話題になって(意外にハーレイ辺りが凄く繊細な料理が得意だったりして…みたいな)その結果派生したネタです。しかしながらシェフ関係料理関係は良く分からんのでいつもに増していい加減な内容です。その上要するに「いつものアレ」です。

どんな話でも許せるよ~という方のみ↓ドウゾ~☆






ジョミー・マーキス・シンはその名を知らない者はない程の、押しも押されぬ一流シェフ。所持するレストラン「シャングリラ」にはいつも世界中からの各界の名士が詰め寄せ、常に予約は一年先まで一杯という大人気。時にはTV番組に出演したり、その甘いルックスも加えて女性ファンが物凄く多く、流した浮名も数知れず。シェフ・シンの提唱する繊細かつシャレた創作料理は多くの料理評論家からのお墨付きです。どんなに気難しくて有名な評論家も、シェフ・シンの料理を一口食すれば唸ったきり黙ってしまうという噂。シンの料理には魔法がかかっているのである、と評する者さえ出る始末。とにかく稀代のシェフなのであります。

そんなシェフ・シンのところに親友キースから連絡が入りました。キースはフードジャーナリスト兼、その意見に定評のある料理評論家でもあり、元々シンの名が売れ出したのは、キースが自分の雑誌でシンのレストラン「シャングリラ」について紹介したのがきっかけで恩もある関係です。シンとキースは気の置けない仲で、どんなにレストランが忙しくてもキースが現れれば顔パスでVIP用個室に通されるのです。キースが時折シャングリラに現れるのは、シンの料理は勿論ですが、食後のコーヒー目当てでもありました。コーヒーをいつも持ってくるのはパティシェ修行中のマツカという青年であり、そのコーヒーの腕を見込まれてシンのレストランに採用されたという経緯があります。一流の料理の〆には一流の食後のコーヒーを、というシンのこだわりです。

ところでキースの連絡というのは、今度知り合いをシャングリラに連れてくるという内容でした。いつもキースがシャングリラに来るときは一人なのですが、もう一人増えるくらいならどうということはありません。しかしキースが言うには、「ちょっと難しい客」なのだそうです。

「難しいって、どんな風に難しいのさ」
「うむ…食に関する興味が皆無といえるだろうな。一昔前に伝説のシェフと言われていた男の息子なんだが、とにかく料理という料理に興味がない。偏食…というのとも違うとは思うんだが、人前で食事を取ることにも抵抗があるようだ。」
「ふぅん」
「なんだその投げやりな態度は」
「だって別にお前に関係ないことじゃないか。なんでそんなに気にするのさ」
「俺だっていっぱしの食の専門家だからな。身近にそういう人間がいると気になる」
「それでそんなヤツをシャングリラに連れてきてどうしようっていうんだ」
「お前の料理ならどんな偏食家でも食べられるんじゃないかと思ってだな」
「へえ…」
「なんだその顔は」
「いや、キースがそこまで言うなんて珍しいと思って」
「性格はともかく、俺はお前の腕は評価しているつもりだからな」
「ま、そういうことなら一度連れてきてみれば」
「助かる。いつなら空けられる?」
「レストランの方はいつも満席だけどキースが来るならいつでも空けておいてやるから心配しなくてもいいよ。お前はどうせ僕の料理よりもマツカのコーヒーが目当てなんだろうけど」
「余計なお世話だ」


シャングリラの前にはいつも着飾った客達が順番を待ちながら今か今かと並んでいます。それを尻目に、キースは「難しい客」を連れ、まっすぐロビーを潜り抜けていきました。居並ぶ客の視線が突き刺さる中、なんとシャングリラのオーナー自らのお出迎えです。

「ようこそシャングリラへ。僕がオーナー兼シェフ長のジョミー・マーキス・シンです」

レストランにやってきても滅多に垣間見ることのできない実物のシェフ・シンの姿に、後方に並ぶ客達がざわめきます。しかし、キースは慣れた様子、そしてキースの連れもオーナー直々の出迎えにもちっとも感銘を受けた様子は見せません。それどころかむしろその表情は曇りがち。

「ああ…今日は連れがどうしてもというので…」

「僕は無理矢理連れてこられたんだ」という態度をあからさまに、キースの連れは仏頂面で形だけ会釈を返すのみです。世界中からシンの料理を一口でも味わいたいという客が山のように来るというのに、さすがにこのキースの連れの態度にプライドの高いシンはカチンと来ます。が、プロですのでそんな態度はおくびにも出さず、キースと連れの男をVIP専用の個室へと案内します。VIP用の個室は、シェフ・シン自らがアンティークの店を回ってインテリアを決めた会心の出来。しっとりと落ち着いた雰囲気の、品の良い調度品で飾られた夜景の美しい個室です。が、キースの連れは更に居心地の悪そうな態度になり、とにかく一刻も早くレストランを出たげな素振りを隠そうともしません。

「先に食前酒などいかがでしょう。本日のお勧めは…」

普段キース一人のときはタメ口ですが、連れがいるのでシェフ・シンも業務用の丁寧語です。しかし、キースがあれこれ今日のスペシャルメニューなど聞いている間、キースの連れはシンの手ずから持ってきたメニューに目を通すことすらしないのです。

「僕は悪いけど体調が優れないので水とサラダだけでいいよ」
「ブルー、今日という今日はまともなものを食ってもらうぞ。そのために連れてきたんだからな」
「心遣いはありがたいが、ありがた迷惑というやつだ。僕は別にお腹も空いていないし」

連れの名はどうやらブルーというようです。さすがにシンも思うところがあり、口を挟みます。

「キースから貴方は大変な偏食だと聞いています。ですが、試してみてもいないで食べられないと決め付けるのは良くないのではありませんか」
「僕は別に偏食なわけでも摂食障害を持っているわけでもない。食べたくないといったら食べたくないんだ。君がどれだけ有名人か知らないが、僕には全く興味がない。余計な口は挟まないでくれないか」
「ブルー!そんな言い方はないだろう。シン、なんでもいいから適当に見繕ってこいつの分も持ってきてくれ」
「キース!どうせ僕は食べないのに、そんな無駄なことを…」
「なんでもいいからそうしてくれ」

キースはとりあえず有無をも言わせずブルーを黙らせると、シンに厨房へ戻るよう合図しました。それにしても、オーナーの目の前でなんという失礼な振る舞いでしょう。扉が閉まる直前、シンの背後で軽く言い争う声が聞こえてきます。

「キース!一体君はなんのつもりだ…!こんなところに連れて来られるなんて聞いてなかったぞ!」
「まあまあそう言わずに、騙されたと思って試してみろ」
「だからそれが…!」

どうやらブルーという男はシンの想像以上に「難しい客」なのは間違いありません。シンは細心の注意を払って自信作のアペタイザーを数点準備し、個室に戻ってきました。

「お待たせしました。こちらが当店自慢の…」

しかしそんな説明も、どうやらブルーの耳には全く入っていない模様です。心なしか先程よりも多少青褪めているようにも見えます。

「僕の料理に、何か問題でもございましたか」
「おい、少しは聞いてやったらどうなんだ。せっかくこんなに美味そうなのに」
「興味の無いことに耳を傾ける気はないよ。いちいち御託を並べたところでたかが食べ物じゃないか」

ブルーのあまりの言い草にシンもプツリと切れてしまいました。

「食は命の基本です!貴方はあまりにも料理というものを馬鹿にしすぎているのではないですか」
「生命を維持さえ出来れば関係ないことだろう!そのままでだって口に出来るものをこねくり回しているだけのくせに、一体何を偉そうに…」
「そういう問題ではないでしょう!」
「無理強いされたって食べられないものは食べられない。そもそもこんなところにまで連れて来られて僕は大変に迷惑してるんだ」

こんなところ、とは!世の中には「シャングリラ」の予約を取るためにはどんなことでもするという客が大勢いるというのに、なんという言い草でしょう。キースはキースで、予想もしなかったブルーの頑なな態度にひたすら驚いて固まっています。

「キース、悪いが今日は失礼させてもらうよ。気分が悪い」

ブルーはいきなり椅子から立ち上がると、すたすたとドアの方へとまっすぐ歩いていくではありませんか。まだ食事が始まってもいないのに帰るだなんて!世界に名の売れたシェフ・シンが今まで受けた最大の侮辱です。シンはブルーの後を追い、扉の前でブルーの腕を掴みます。

「ちょっと、待ってください…!」

腕を掴まれたブルーはあからさまにビクリと震えました。ブルーは振り返り、初めてシンの目をまっすぐに見つめます。その時シンは初めてブルーの美貌に気づきました…。白い肌、銀色の髪、そして深紅に輝く瞳。しかし、その紅玉のような瞳はどこか怯えのような色で満たされています。

「僕に、触るな…っ」

ブルーの顔色が急に更に酷くなったかと思うと、ブルーはその場に崩れ落ちてしまいました。あっけに取られるシンの目の前で、ブルーは少量ですが胃液を嘔吐してしまいます。

「あの、大丈夫ですか…?!」
「…構わないから、手を放せっ!」

あまりの出来事にシンが慌ててブルーの腕を掴んでいた手を放すと、ブルーはそのままよろよろとシャングリラを出て行ってしまいました。さすがに表から出ると他の客に気づかれると思い、スタッフ用裏口らしきところから夜の街へとまろびつつ出て行くと、通りかかったタクシーを拾って自宅に帰り着き、がらんどうに近い家の中に入るとベッドに倒れこんで悪夢にさいなまれながら眠りに落ちたのです…。

ブルーがそこまで食というものに関して拒否反応を示すのには勿論理由がありました。ブルーの父親のシェフと言う人は、実は血が繋がっていない養父でした。身寄りのないブルーを引き取った養父は、何よりも子供だったブルーの美貌に前々から目をつけていたのです。養父は丁度今のシンのように、押しも押されぬ一流のシェフでしたが、子供のブルーを着飾らせては自分のレストランの個室で豪華な食事をさせ、その様子を眺めるのが趣味でした。そして、まだ子供のブルーにディナーの最後に酒を飲ませてはそのまま家に連れ帰り、酔って身動きの取れないブルーを弄ぶことを楽しみにしているような男だったのです。養父がブルーを玩具にする日は、必ずどんなにイヤでも養父の用意する絢爛豪華なフルコースディナーを食べさせられるのが常でした。ブルーにとって、養父の出す豪奢な料理を口にすることは、そのままその後の辛い経験に直接繋がっているため、養父が死んだ今も、養父を彷彿とさせるものを全て苦手としていました。幸か不幸かシェフ・シンの提唱する食に関する考えや、シャングリラの雰囲気などはとても養父の目指していたものと似ていたので、シャングリラに一歩入ったそのときからブルーの気分はどんどん悪くなる一方だったのです…。

一方、そんなことは勿論知らないキースとシンは、取り残された個室でただひたすら驚き呆れる限りでした。

「一体なんなんだあいつは!おい、気にすることないからな、まさかあんな変人だとは思わなかった…」
「……」

意味がさっぱり分からず腹を立てるキースとは裏腹に、シンは違う意味でショックを受けていました。勿論料理人としてのプライドもありますが、ブルーの態度にいささか引っかかるところを覚えていたのです。単なる拒食症とは違うような気がする…それに、シンに腕を掴まれたときの、あの怯えたような表情…。確かに初対面の人の腕を掴むなど不躾だったのは認めますが、まさかあのような反応をされるとは思っても見ませんでした。シンは何かブルーのことが気にかかって仕方がありませんでした。

シンが料理人の道を目指したのは、元々母親の影響がありました。シンの母親はとても料理上手で、母親の作ってくれたご飯を囲んで父と母と三人で楽しく食事をする。そんな時間を他の人達にも分けてあげたくて、シンは母から少しずつ料理を習って育ってきたのです。しかし、父と母を揃って交通事故で亡くしてからというもの、シンの料理はだんだんと上流階級にアピールするようなシャレたモダンなものへと変化していき、母親から習った家庭料理からは程遠くなっていきました。シンの表情からは笑顔が消え、同時にシェフとしての名は売れ始め、今のシンが出来上がったのです。

「マムの作るご飯は世界一番美味しいね!」
「マムもそうやって喜んで食べてくれるジョミーの笑顔が一番大好きよ」

世界のどんな著名人が薀蓄を並べてシンの料理を賞賛してくれても、本当にシンの求めているものとは何かが違うのです…。自分の作った食事を食べて喜んでくれる人の笑顔こそをシンは見たかったのでした。元来負けず嫌いのシンは、このままでは引き下がれないと思いました。そして、あることを思いつくのです…。



数日後、キースとブルーの勤める出版社に、なんとシェフ・シンが自ら現れます。今をときめくカリスマシェフですから、出版社に勤める非飛び地は皆シンの顔を知っています。なにしろ一世を風靡する美形シェフですので女性ファンも多く、遠巻きにして見ているスタッフなどもいるのです。そんな中、シンは臆することもなく、来客用の部屋でブルーを待っていました。

「この間はすみませんでした」

開口一番、何故か真っ先にブルーに謝るシンです。

「ああ…あれは僕が悪かったんだ。君が謝る必要はないよ。用がそれだけならもうお引取り願えないかな」

しかしながら、冷たい…というかもう忘れてしまいたいブルーは既にシンを来客用部屋から追い出しかねない勢いです。しかし、シンは食い下がります。

「改めてお聞きしたいのですが、僕の料理に何か問題でもありましたか」
「またその話か。何も問題はないといっただろう。僕個人の問題だ」

うんざりといった顔でブルーが溜息をつきます。

「でもキースが言うには貴方は別に拒食症というわけではないし、普通に食べ物を口に入れること自体はできると」
「彼が君に何を吹聴したかは知らないが、個人的な話は君にはしたくないね。大体僕が何を食べようが君には全く関係のない話だ。帰ってくれないか」
「そういわけにはいきません。僕にも関係があります。プロの料理人としてこのまま引き下がるわけにはいきません」

実はその「プロの料理人」自体がブルーの嫌悪感の発端なのですが、シンは勿論知る由もありません。

「いい加減にしつこいな。君は一体何がしたいんだ?!」

周囲の目も気になるし、さっさとシンを追い返したいブルーは苦虫を噛み潰したような顔で疲れた息を吐きます。

「一ヶ月下さい。一ヶ月かけて、それでも貴方が僕の料理を美味しく思えなかったら諦めます」
「君は何を言っているんだ?僕は二度と君のレストランに行く予定はないよ」
「どうしてですか?」
「理由なんかどうだっていいだろう。とにかく二度とシャングリラには行かない。帰ってくれ」

ですがシンは諦めません。

「…それでしたら、貴方のお宅に伺います」
「なんだって??」
「一ヶ月、毎日貴方のお宅に伺って食事を作ります。それなら構いませんか」
「君は正気か?!そんなもの、イヤに決まっているだろう!」
「でしたら交換条件です。僕の条件を飲んでくれるのでしたら、貴方の会社の雑誌の独占インタビューを引き受けます」
「…」

雑誌のインタビューは全て断っているカリスマ・シェフの独占インタビュー。シンの親友のキースでさえいくら頼んでも断られていたのに…。自分のためと言うよりも、自社の雑誌の売り上げに、カリスマ・シェフシンの独占インタビュー記事は大きく貢献するに違いありません。折りしも出版業界も不景気の折あまり状況が良いとは言えず、キースとブルーの出版社も例外ではありませんでした。目玉になる記事を誰もが喉から手が出るほど欲しがっている状況です。ブルーは元々自分の健康のことすら省みず無茶なペースで仕事をするタイプ。自社のためになるのであれば、一ヶ月くらいは我慢してもいいか…と思い始めました。


「…何?!あのプライドの高いシンが、お前のために一ヶ月通って食事を作る?!」

当然キースは驚きます。ある意味料理に一生の情熱を捧げたシンらしいといえばらしいのですが、付き合いの長いキースは驚愕を隠し切れません。しかしながら、世界中の誰もがうらやむであろうそんな条件を出されたというのに、肝心のブルーは凄く嫌そうな顔をしています。本当は自分のテリトリー内に料理人に入ってこられると考えただけでぞっとするブルーですが、仕方がありません。

「仕方がないだろう…会社のためだ」
「そうだが、しかし…いや、驚いたな、あのシンが…」

首を捻るキースです。負けず嫌いなシンの性格は知っていましたが、それにしても…。



翌日ブルーが10時頃帰宅すると、マンションの扉の前にシンが立っていました。妙な取引は交わしたものの、まさか本当に家まで押しかけて来るとは思って居なかったし、何よりブルーはシンに連絡先や住所などは全く渡していなかったので、シンの姿に大層驚きました。

「何故僕の住所が分かったんだい」
「キースに聞きました」
「…あの男…」

思い切り不機嫌になるブルーです。しかし約束は約束、渋々シンを中に通します。

「…で?今日は一体どんなご大層な料理をご披露してくれるんだい」

ヤケになって酷い言い草になるブルーです。

「オートミールです」
「…は?」

よくよく見ると、シンが手にした荷物もとても小さな包みのみでした。小さな鍋、有機栽培のオート麦、蜂蜜、ミルク、それだけです。殆ど料理ともいえないそんなものから始める…。シンには一応考えがありました。完璧に作られた手の込んだ料理にあれだけ拒否反応を示されたので、今度は逆に超シンプルなものから始めてみようという試みです。

「台所をお借りします」

キッチンに入ると、シンの想像したとおり、中は備え付けの設備以外は殆どがらんどうも同然でした。ガス台、オーブン、冷蔵庫など一通りマンション備え付けの設備は整っているのですが、どれも新品同様で使われた痕跡は皆無。どの戸棚も引き出しもほとんど空っぽです。冷蔵庫は言うに及ばず…。当然調理器具も皆無。一応それを見越して鍋持参で来たシンですが、キッチン内部のあまりの状態に驚きを隠せませんでした。まるでなるべくキッチンに入らなくて済むように暮らしてでもいるかのようです。実際ブルーが口にする栄養補給食品やプロティンバーは、キッチンの中ではなく、リビングの棚に全てストックしてあり、ブルーは自分でキッチンに立ち入ることは殆ど皆無だったのです。食器も殆どないので、内心シンは少々冷や汗をかきましたが、かろうじてマグカップ数個(しかもお揃いでもなんでもないバラバラの模様とサイズ)にスプーンとフォークが2,3本ずつ見つかりましたので、なんとか出来たオートミールをマグカップに入れました。

「できました」
「…」

なにやら手の込んだ料理を作るようなら色々と文句をつけて追い返そうと思っていたブルーでしたが、拍子抜けというか毒気を抜かれてマグカップとスプーンを受け取ります。なんとブルーの家にはテーブルすらなかったので、シンはブルーの隣にソファに並んで座り、TVのニュースを見ながら黙々とオートミールをすくっています。ブルーは他人に自分がものを食べるところを見られることを大変苦手としていたのですが、シンはブルーの方を特に見るでもなく、説教するでもなく、テレビの音声が流れる中二人揃って画面の方だけを向き、二人で一言も発さないままオートミールを口に運ぶのです。食べ終わるとシンは二人分のマグカップとお鍋とスプーンを流しで洗って片付け、「ではおやすみなさい」とあっさり帰ってしまいます。「あ、あぁ…おやすみ」ブルーもあっけに取られてシンを見送ってしまいます…。

「おい、シンが来たんだろう、どうだった」
「別に…」

翌日出勤したブルーは結局どうなったのか知りたくて仕方無さそうなキースに付きまとわれますが、ブルーは他のことに気を取られてそれどころではありません。何か言いたげなキースをぶっきらぼうにあしらい、一人考え込んでしまうブルーです。

そんな調子で毎日毎日シンはブルーの家にやってきては、豪奢なレストランで供される優雅で繊細な料理とは程遠いものばかりを作るのです。ある日はハムエッグ、ある日はホットケーキ。ブルーのキッチンがあまりにも空っぽなので、シンはそのたびに小さなフライパンだのお皿二枚だの持って来ては、ブルーのキッチンに置いて帰ります。ブルーの養父が作ったのはまさにシンのレストラン「シャングリラ」で供されるような、食べ物というよりはむしろ芸術の創作物のような代物ばかりだったので、そういう家庭の手抜きご飯のようなものを食べる経験が全くありませんでした。ですので、シンが作るものをなんとなく出されるままに食べてしまうのです。しかし味を美味しいと感じるかどうかはというと…隣に他人が座って一緒に物を食するということ自体にまだ慣れていないため、緊張で味など良く分からないというのが正直なところでした。

一方シンの方はといえば、そうやって素朴なものばかりを作っている間に、段々何故自分がシェフの道を目指そうと思ったのかを思い出すのです。どんなに手の込んだ料理をこしらえたからといって、それが本当に喜ばれる料理だとは限りません。そもそもシンの目指したかったのはそういう芸術作品ではありませんでした。母親の作ってくれるご飯を毎日楽しみにしていた、そんな風に、自分の作った料理で誰かの喜ぶ顔が見たかっただけだったのです。両親が死んでしまった今、シンはすっかり自分の夢を見失っていたのでした。ブルーは何も文句を言わずにシンの出すものを食べてはくれるのですが、シンの見たいような嬉しそうな顔には程遠く…。そのうちにシンは、単純にブルーの笑顔を見たいと思うようになりました。一夜の相手などよりどりみどりだったシンですが、どれだけ自分を褒め称えてくれる極上の美女よりも、黙々と仏頂面で自分の作ったものを口に運ぶブルーのことが気にかかってしょうがなくなってきたのです。

そんなお互いの気持ちの変化に気づいているのかいないのか、期限の一ヶ月目は近付いてきます…。

少しずつ簡単な家庭料理的な感じにシンの食事の中身が移行してきた、まさに翌日がその一ヶ月目というある夜、シンは食事と一緒に初めてワインを出します。ワイングラスを見たブルーの顔に緊張が走るのですが、勿論シンは気づきません。ブルーは本当は他人と酒を飲むことに物凄く抵抗があるのですが、さすがに最近は諦めずに毎日通ってくるシンに済まないという気持ちが生まれてきていたので、何一つ文句を言わずにシンに勧められるままワインを飲みます。元々普段ブルーは殆どアルコールを摂取しないため、かなり酔っ払ってしまいます。

「…ブルー?」

台所を一通り片付けたシンがリビングを覗いてみると、ブルーはソファでうたた寝してしていました。

「ブルー、こんなところで寝たら風邪を引きますよ」

そっとブルーを揺り起こそうとするシンですが、滅多に飲まないお酒で酔ったブルーは、目を覚ましはしたものの、意識だけが過去に戻ってしまっていました。

「ブルー。僕はもうそろそろ帰りますけど、寝るならちゃんとベッドで…」
「ん…父さん、またなの…?」

(父さん…??)妙に舌足らずのブルーの声に、シンはいぶかしげにその形の整った眉をしかめます。寝ぼけているのかと思い、シンはもう少し強くブルーの体を揺さぶったのですが、急にブルーの顔にさっと恐怖の色が走ります。しかし、次に起こった事は全くシンの予想外でした。

「ごめんなさい…今日はちゃんと、いい子にしてるから…痛くしないで…」

ブルーの手はもつれながらも自らシャツのボタンを外し、前をはだけて腕を体の両脇に投げ出すと、ぎゅっと目を瞑って歯を食いしばってシンから顔を背けるのです。

(…ブルー…?!)

そこでシンは初めてブルーの過去の秘密を知るのです。元々カンの良いシンには、全て分かってしまったのです…。どう対応するべきなのか分かりませんでしたが、とにかく意識だけ子供に戻ってしまっているブルーを怖がらせないように、なるべく優しい声でシンはブルーの手を止めました。

「ブルー、貴方は何もしなくていいんだよ。今日はこのままぐっすり眠って」
「本当に…?後で殴らない?」
「…本当だから、安心して…」

シンは内心驚愕にかなり動揺しながらも、ブルーが自ら外したボタンを綺麗に留め直し、怯えているのか震えて縮こまるブルーを抱え上げて寝室に連れて行って寝かせます。小さな子供のように手足をぎゅっと抱えて震えるブルーが寝付くまで、シンはその髪を撫でてあげたり優しい言葉をかけてあげたりしながら、そのうちブルーがやっと眠りに落ちたのを確認してからそっと鍵をかけ、帰っていきます…。

自宅に帰り着いてからシンは徹夜でブルーの養父について調べてみました。ブルーの父が有名なシェフであったことはキースからは伝え聞いていましたが、血は繋がっておらず、孤児院から引き取った子供を男手一つで育てているという美談でメディアは塗り固められていました。雑誌に掲載されたらしき写真も見つけましたが、まだ子供のブルーが着飾ってブルーの養父のレストランでいかにも行儀良さそうに食事をする様子、そしてそれを満足げに旗から眺める養父であるシェフの姿が写っていました。そこで初めてシンはブルーが何故あんなに自分に関して拒否反応を示していたのかやっと理解したのです…。


一方翌朝目覚めたブルーは、昨晩の出来事を殆ど覚えていませんでしたが、酒を飲んで酔ってしまったことだけは思い出していました。そして、久々に養父の夢を見たことも…。

(僕は…一体、彼に何を…?)

養父と言葉を交わしたような気もするのですが、ひょっとしたらシン相手にとんでもない言葉を吐いてしまったような気がするのです。とんでもない醜態をシンの前に晒してしまったかもしれない。しかしそれを聞く勇気などあるはずもなく、酷い二日酔いも手伝って、その日は一日悶々として仕事も手につかないほどでした。

ところが、期限の一ヶ月最後の夜になる筈なのに、その夜いつもの時間になっても、ブルーの家にシンは現れません。ブルーは急に何か心もとなさを感じます。栄養補給食品をストックしてある棚を開け、プロティン・バーを一つ取り出して齧り始めるのですが、一ヶ月前と比べると更に味気なく感じます。その時初めてブルーは自分がシンの携帯の番号すら知らないことに気づくのです…。なんだかブルーは急に物凄く寂しくなり、プロティン・バーを齧りながらひとりでにその瞳からは涙がポロポロ零れてきます。勿論キースと連絡を取れば、シンの連絡先も分かるかもしれません。でも考えてみたらブルーはシンから一度も電話すら貰ったことすらないのです。シンはもうこんなくだらないゲームに飽きたのかもしれません。そもそも最初から失礼な態度を取っていたのは自分のほうだったのですから。

半分くらい齧ったところで、ブルーはもうそれ以上呑み込めなくなって、齧りかけのプロティン・バーをコーヒーテーブルの上に置きます。そして、一人キッチンに入っていくのです…。


夜中の2時を回った頃、玄関にコツコツと小さなノックの音が聞こえました。ブルーが小さく玄関の扉を開けると、外にはとても焦った顔のシンが見えます。

「ごめんなさい、こんな夜遅くに…。今日はレストランの方でちょっとトラブルがあって、連絡を入れる暇もなくて…ブルー…?大丈夫ですか?」

そこまで一気にまくし立て、シンは初めてブルーの真っ赤に泣き腫らした目に気づきます。

「…いや…こんな時間に来てもらって悪いが、今日は気分が優れないんだ…帰ってくれないか」

どこか聞き覚えのある拒絶の言葉。しかし、シンはそれがブルーの助けを求めるサインなのだと今となっては気づいて居りました。

「ごめんなさい、入らせてもらいます!」

無理矢理ドアを開けて入るシン、顔を背けるブルー。中に入ると、なんだか部屋の中が焦げ臭いことにシンは気づきます。台所から匂ってくるような…?しかしブルーはキッチンに入ろうともしないくらいですから、台所ななんか使ったことがない筈なのです。おかしいな?と不審に思いながらシンはそのままキッチンへと直行します。すると、キッチンの中では、今までシンが持ち込んだお鍋やフライパンがコンロの上に乗っており、カウンターの上には切りかけたような食材が散乱しています。よくよく見ると、ブルーの指には絆創膏が貼られていて…。

いきなりシンが現れなくなって、ブルーはそれまで自分がどれだけシンの存在に癒されていたかに気づいたのです。それまでは養父を思い出させるだけだったキッチンも、シンが毎日毎日自分のために台所に立ってくれていたのに慣れてきてしまい、キッチンの中にいるだけでシンの存在を感じられるような気がしていたのです。だから、見よう見真似でシンを真似て台所で苦戦している間に、知らないうちに時間が経ってしまっていたというわけなのです。

シンが目の前の光景に驚いてブルーを見つめると、ブルーは顔を背けます。

「その…今日は君が来なかったから…でも、君みたいに、何も上手く作れなくて…」

ブルーの目からは更に涙が零れます。

「ブルー!」

シンはブルーに駆け寄ります。

「ブルー、遅くなってごめんなさい、寂しい思いをさせてしまって…」

ぽろぽろ泣くブルーを思わず抱きしめてしまうシンです。他人に触られることが大嫌いなはずのブルーですが、大人しくじっとしています。本当はブルーはご飯のことなんてどうでもよかったのです。シンが毎日通ってきてくれたことで、誰かが純粋に自分のために台所に立ってくれたり、一緒に食卓を囲んでくれることの幸せを学んだのです。足を踏み入れることすらトラウマだったキッチンなのに、毎日自分のためにそこに立ってくれていたシンのことを考えただけで大丈夫になった…ブルーは自分の過去に打ち勝ったのです。

ブルーがふと気づくと、自分を抱きしめるシンの手には小さな花束が握られていました。

「これ…?」
「遅くなったお詫びです。明日レストランに飾る用の花を少し拝借してきたんですよ」

照れくさそうにシンがブルーに花束を渡します。その時のブルーの表情を、シンはいつまでも忘れませんでした。両親を失ったシンが、初めて心から守りたいと思ったものが出来たのです。シンはこんなブルーの笑顔をいつも見てみたいという気持ちで一杯になりました。

「遅くなったけど、これからご飯作りますから。ブルー、良かったら手伝ってくれませんか」

その夜は、シンがブルーに混ぜたりなどの単純な作業を手伝ってもらいながら二人で台所に立って一緒にご飯を作り、それこそ夜中の三時くらいに二人で夕食を取りました。お皿を洗ったり片付けたりするときも、まるで当たり前のようにシンとブルーは自然と寄り添いながら作業をこなしました。その夜、シンはブルーをまるで宝物のように大事に抱きかかえながら眠りにつきました…。



数日後、いつものようにシンがレストラン「シャングリラ」で忙しく立ち働いていると、なんとブルーが一人で「シャングリラ」に現れたのです。今度こそシンはビックリです。スタッフに任せて厨房を放り出し、慌ててロビーまでブルーを出迎えます。

「その…たまには君の店にも来てみようかと…思って…」

ちょっぴり恥ずかしそうな顔でブルーは言うのです。

「いきなり…迷惑だったかな?」
「とんでもない!来てくれて嬉しいです、ブルー」

満面の笑みを浮かべて早速シンはブルーを個室に通します。シンの表情を見て、ブルーは勇気を振り絞ってきてみてよかった、とこっそり思うのです。

「今日は何を食べてみたいですか?なんでも作りますよ」
「そうだね…じゃあお子様ランチがいいな」
「…貴方って、本当に意地悪な人ですよね、ブルー」
「一度食べてみたかったんだ。なんでも作ってくれるんだろう?」

悪戯っ子のような笑みでブルーがからかうと、シンはブルーの額に軽くキスを送ります。

「すぐに出来るから待っててくださいね、僕もお相伴しますから」

その言葉の通り、シンはお子様ランチを二人分持って個室に戻ってきました。お子様ランチといってもシンの作ったお子様ランチですから、不味いわけがありません。夜景の綺麗な窓に向かってブルーとシンは横並びに座ってまるで子供のように無邪気に食事を楽しみました。

「うん、美味しかったよ。ありがとう、シン」
「本当?それは嬉しいな」


それからブルーは月に何度かシャングリラに食事に訪れるようになりました。そのたびにシンはブルーと二人きりで窓を眺める位置で横並びに並んで食事を一緒にとるのが習慣になりました。たまにそこにキースが加わることもあり、休みを貰ったマツカも一緒になって夕食を楽しむこともありました。

ほどなくして一緒に暮らし始めたシンとブルーは、時には交代で食事の用意をしたり、たまの休暇には一緒に食べ歩きに出かけるようになり、二人でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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