ASIAの独り言

在米ジョミブル者の独り言。全て自己責任でお読み下さい。
愛の妄想劇場:花魁ブル~様(後編)
花魁ブル~様の後編です。色々考えた末、遊郭の名前はシャングリラ、花街の名前をアルタミラにしてみました。そんでもって散々悩んだ末、設定が設定なので最後はちょっぴりドリ~ミ~☆にまとめることにいたしました(^。^)

前編に引き続き、花魁だの遊郭だのの基本設定についてはウィキにちょっぴり目を通した程度で全く詳しくないため、全てがトンデモ設定でございます。なんでも許せるよという方のみ、後編↓をお楽しみください~☆



ブルーが一人前の花魁になってから、年月は飛ぶように過ぎていきました。唯一の心の支えだったジョミーがいなくなってしまってからというもの、ブルーの毎日はただひたすら自分の勤めを終えてはまた新たな客を迎える、それ以外に全く何の意味も持たなかったのです。

いまだ若く輝くばかりの美貌を誇るブルーは、今でも遊郭「シャングリラ」で、いえ、花街「アルタミラ」で一番の花魁です。が、年老いてゆけばどんな美貌の花魁であってもいつかはその地位を退かねばなりません。ですので普通は遊女達は自分がまだ高く売れるうちに、適当な旦那を見繕って身請けの話を受けるのが普通でした。しかし、ブルーは誰のものにもなる気が起きず、年老いて誰にも見向きもされなくなったならばそれはそれでのたれ死んでも良いと本気で思っていたのです。

「お高くとまりやがって」
「ちやほやしてもらえるのも今のうちだけだろうさ…」

実際にはブルーはまるで永遠に年を取らないのではないかと思えるほど、いっそ神々しいほどに若々しくて美しかったのですが、遊女達の中にはそのように陰口を叩く者達もおりました。しかし、どれほどブルーが他の者達から疎まれていようが、「アルタミラ」一の花魁であるブルーの地位は不動のものでしたし、ブルーにとってはそのような周囲の思惑など全くどうでもよいことなのでした。

ジョミーと出会った事、辛い別れを経験したことがブルーの意識に影響を与えたことは確かです。たかが子供との約束を守り続けようなどという気は、もともとブルーにはありませんでした。無かった筈なのです。しかし、結局ジョミーと引き離されてからというものの、ブルーの心の琴線に触れるような男性には巡り会えないままでした。一人前の花魁となってから、既に数え切れないほどの客を取りました。その中には大層ブルーを気に入り、大枚はたいてでも受け出したいという話もなくはなかったのです。しかし、そのどの相手もブルーの心を動かすことはなく、結局どの身請けの話も断り続けておりました。

水揚げの夜、いやいや初めての客であるアドスにその身を開いてからというもの、ブルーは多くの男の肌を知りました。どのように振舞えば男の心を落とすことが出来るかを学びました。実際、多くの男達はブルーの美貌ばかりでなく、その客あしらいに次々と心を奪われ、骨抜きにされ、巨額の富を投げ打って遊郭に通いつめるのです。そうやってブルーは多くの上客を「シャングリラ」にもたらしましたが、それもブルーにとっては至極どうでもよいことでした。色を好む男達からどれほどの金を搾り取ったとしても、ブルーの境遇は何一つ変わらなかったからです。ブルーの借金は膨大な額でしたから、幾夜客を取ろうがブルーが年季を終える日は決して来ることはありません。ごくたまにブルーの身代金を出してでも身請けしたいという道楽好きな金持ちもおりましたが、ブルーはそういう話は全て断っていました。遊郭に残ることが望みというわけでもないのに、ブルー自身にも何故だか分かりません。ジョミーが本当に大人になって自分を請け出しにやってきてくれるなど、そんな夢物語など勿論信じてはいない筈なのに…。

そうです。そんな約束など全く信じてなどいないのに、ブルーはいまだジョミー以外の誰にも唇だけは許したことがありませんでした。別にジョミーに義理立てをしているわけではない、と自分を誤魔化してはおりましたが、結局どの男に抱かれても唇にだけは触れさせる気が起きませんでした。今更男を知らぬ乙女でもあるまいし、あんな子供との約束のために唇を守り続けるだなんて我ながら女々しいことだ、とブルーはそのことに思い当たるたびに苦々しい自嘲の思いを抱いたものです。




さて、ある日ブルーに引き手茶屋から通して託がありました。新しい客から呼び出しがあったというのです。花魁を揚げるには様々なしきたりがあり、新しい客が花魁を指名したいと思ったならば、引き手茶屋を通して取り次いでもらう必要があったのです。新しい客は、花魁を呼び出した引き手茶屋の座敷で一席を設け豪勢に遊んで金を落とし、花魁はその三回の席で客を見極めたのちに、その客を取るかどうか決めるのです。

ブルーは遊郭の中でも最高位にいる花魁でしたので、ブルーを揚げるだけでも莫大な資金が必要でした。ですのでブルーに骨抜きにされてしまった馴染みの大尽達はともかく、新規の客がブルーを指名してくることはそう頻繁にあることではありませんでした。実際ブルーは幾人かの馴染みの客の指名を受けるだけで、大層な額の金を「シャングリラ」に落としていたのです。

奇遇なことに、最近馴染みの客達からの指名が何故か一斉にぱったりと途絶えていたところでした。特に不況というわけでもないのに不思議なことだ、飽きられたにしても皆同時というのは考えにくいことだし…。ブルー本人は特に気にしてはおりませんでしたが、遊郭の中では色々と憶測が囁かれていたところでした。そんなところへの新規の客、指名を受けない理由はブルーにはありません。「シャングリラ」内の与えられた自分の座敷「青の間」から殆ど出ることのないブルーですが、たまには外の空気も吸いたくなるものです。久々に引き手茶屋に出向くのも悪くはないかと、ブルーは重い腰を上げました。

禿達を引き連れて引き手茶屋に着いたところ、既に幾人もの芸者がよばれており、派手などんちゃん騒ぎになっておりました。これほどに派手に遊ぶ客を見たのはブルーも初めてです。かなり財力のある客であろうとブルーは値踏みをしながら中に入りました。

このように煌びやかな席を設ける客は一体いかほどのものだろうと、客が座っていそうなあたりに目を向け、視界に入った姿にブルーは一瞬息が止まるかと思いました。すらりと伸びた手足に整った造作。仕立ての良さそうな服に映える黄金の髪、碧の目。そう…あのジョミーを青年にしたらこんな風になったであろうと思われる、それはそれは豪奢な青年がそこには腰掛けていたのです。

ありえない…ブルーは一瞬そう思いました。というのは、花魁を揚げることが出来るほどの財力を持つ者といったら大抵はかなり年齢がいった者ばかりだったからです。ですので、その客の若さにまずブルーは驚きました。そして、ジョミーをあまりにも彷彿とさせるその容貌に、ブルーは更に自らの目を疑いました。ブルーは子供のジョミーにあんなことを言っておきながら、ジョミーが本当に花街に二度と足を踏み入れようなどとは微塵も信じてはおりませんでしたから、まじまじと穴が空くほどにその新しい客の顔を見つめてしまいました。

しかし…そこで立ち竦んでいるわけにもいきません。ブルーはとりあえず座敷の決められた上座に座りました。初回の座敷では、花魁は客とは口を聞かずに客の品定めをするのがしきたりでしたので、聞きたいことは沢山あったけれども、じっと黙ったまま座っているしかなかったのです。一方、ジョミーに生き写しの新しい客の方は、ちらりとブルーに視線を向けただけで、その後は芸者達や客の連れてきた供の者達のどんちゃん騒ぎをただ黙って見ながら酒を嗜んでいました。なんということでしょう、普通ブルーを引き手茶屋に呼び出すような者達は、それだけの大金を出してでもブルーと馴染みになりたいと切望する者達ばかりでした。ですので、引き手茶屋でも当然、ブルーをじろじろと色欲丸出しの不躾な視線で嘗め回すように見つめるのが常でした。ですが、この青年はせっかく呼び出した花魁の方をろくろく見ることもせずに平然と酒を煽っています。なんだか物凄く馬鹿にされたような気がしてブルーは内心苛立ちます。結局、その新しい客は初回の座敷では殆どブルーを視線の中に入れずに終わってしまいました。

取次ぎの者に確認してみたところ、客の名はジョミー・マーキス・シン。今飛ぶ鳥を落とす勢いでのし上がっている貿易会社「テラ」の主人なのだそうです。確かに昔この遊郭で禿として自分の世話をしてくれていた子と同一人物です。それに関して「シャングリラ」の方で何か言ってくるかと思いきや、金さえ落としてくれればどうでも良いといった感じで特に何のお達しもありませんでした。

二度目の座敷でも、やはり同じようなものでした。今までの客とは全く勝手の違った流れに、ブルーは一体どうしたものかと思案に暮れます。ブルーほどの花魁であれば、三回会って気に入らなければブルーの方から客を断っても良いことになっておりました。ですが、とにかく金回りが良い客には違いがありませんし、とりあえず客として取ることに損はなかろうと…ブルーは思いました。

しかし、何故かブルーの心は痛みます。理由は分かっていました。あれほどに一途にひたむきに自分を慕ってくれていたジョミーが、花魁の自分を揚げようとしている。結局あの子も他の汚い男達と一緒だったのか、そういう方向の失望です。一体自分は何を夢見ていたのだろうと、ブルーは自らを叱咤しました。ブルーは花魁なのだし、男達に夢を売るのが生業です。むしろ、どうやら大変な大金持ちになったらしいジョミーが、自分を買い、遊郭に金を落とすのは願ったり叶ったりに違いないではありませんか。

そんなわけで、ブルーはジョミー、いや、今は苗字のシンと名乗っている男…を客として取ることに決めました。三度目の座敷で馴染み金を支払い、ブルーの客となっても、シンは結局ブルーと殆ど口を聞くことがありませんでした。しかし、「シャングリラ」でブルーの座敷に客として迎え入れることになれば、口をきこうがきくまいがどうせやることは一緒に違いありません。ブルーはきっぱりと割り切ることにしました。こうなったら搾り取れるだけ金を搾り取ることにしたのです。結局それがブルーの仕事なのですから…。



「一体…彼は何を考えているんだ!」

美しい彫刻の施された櫛が鏡に当たって跳ね返ります。初めてシンを自らの座敷「青の間」で迎えた夜のこと、シンが帰ってしまった後、更に煮詰まっているブルーがおりました。あれだけ散財してブルーの馴染み客になったというのに、なんとシンは床入れどころか、ブルーに指一本触れないまま帰ってしまったのです。

「貴方の琴が聞きたいな。一曲お願いできますか」

それが「青の間」にやってきて開口一番、シンが要求してきたことでした。複雑な心境とはいえ、縁のある間柄。ブルーは手持ちの着物の中でも飛び切り豪華なものを選び、香も最高のものを焚き染め、髪も完璧に整えて緊張しながらシンを迎えたのです。子供だったジョミーが自分にどのように触れるのか、純粋に興味もありました。が、内心動悸を抑えるのに精一杯なブルーを尻目に、琴を弾かせておいてシンはただ一人ゆっくり酒を飲みながらブルーの琴の音を楽しんだだけで、「では、また来ます」と言ってぽかんとしたブルーを置いたままあっさりと帰ってしまったのです。

ブルーにも腐っても花魁としてのプライドがあります。自分ほどの花魁を呼び出して馴染み金まで支払っておきながら、指一本も触れない…そんな客は今まで誰一人としていませんでした。ブルーはそれを自らへの侮辱と受け止めました。皆一度ブルーの座敷にやってくれば、時間を惜しむようにブルーとの床入れを望み、そしてブルーの手練手管に骨抜きにされて、夜明け前には名残惜しそうに帰ってゆくのです。「青の間」にやってくるのだって、相当にお金がかかります。しかしこの新しい客は、全くそのような素振りも見せずにあっさりと出て行きました。全く花魁としての矜持がズタズタです。昔はあんなに可愛くて自分に懐いてくれていたのに…まさかあれほどにつれない男に成長するとは、ブルーにとっても全く予想外のことでした。本当に同一人物なのだろうか、そんな疑問すら持ってしまうほどです。花魁としてのブルーを揚げるその行為にがっかりしたくせに、手も触れられないとなると逆に苛立ちを覚える、そんな理不尽な自分の気持ちを抱く自分自身も許せませんでした。

しかし、逆にただブルーの琴を聞くためだけに膨大な金を払う、その意味がどうしてもブルーには分かりません。金持ちの道楽といえばそれまでなのでしょうが…。

次の夜も、またその次の夜も、シンは「青の間」を訪れます。珍しい舶来の菓子を手土産にぶら下げてくる時もあれば、時には仕立てたばかりの美しい着物や凝った細工の簪を持って来て、ブルーに身につけさせたりもするのです。毎晩毎晩、今夜こそはとブルーは背筋を正してシンを待つのですが、やはりシンはいつ訪ねてきても全く床入れに興味を見せません。

「悪趣味だな。僕を着飾らせてどうしようというんだ。どうせ脱ぐのだから何を着せても一緒だろう?」

苛立ったブルーはそんな厭味すらシンに吐いてしまいます。上客から金を搾り取るのが仕事であるブルーにあるまじき言動です。しかし、相手があのジョミーであるということでブルーはどこかシンに甘えていたのかもしれません。なのでブルーはわざとそのような言葉を選んで挑発もしてみましたが、シンは全く動じません。

「僕にはそのようなつもりはありませんよ。貴方がどうしてもとおっしゃるなら、お望み通りにして差し上げても構いませんけれどね」

ブルーの内心を見抜いたかのように、シンがクス、と笑います。幾多の男達の恋心を手玉に取ってきたブルーをまるで子供のようにあしらうシン様です。ブルーは内心逆上しますが、黙って着物をひったくるとわざわざシンの目の前で見せ付けるように着替えて見せます。しかしシンは全く動じません。

「…ああ、やはり思ったとおり、貴方の肌にとても良く似合う。今宵は舞を一差し舞って頂けませんか。」
「…」

思いもよらないシンの反応になんとなく毒気を抜かれ、ブルーは言われるとおりにするのです。そんなブルーにやはりシンは一度も触れることなく、酒を飲みながらブルーの舞いを鑑賞するのです。

そんなシンを見て、ブルーの機嫌は悪くなる一方でした。自分が花魁である以上、一人の人間として尊重されることはもはや望んではおりません。しかし、一体今まで自分の自尊心がどれだけ自分の身体に群がる男達によって支えられてきたものか、ブルーは実感せざるを得ませんでした。ブルーの住む所が遊郭でなければ、そのようなことは考えなかったかもしれません。しかし、ブルーは花魁です。客に床入れを望まれぬ花魁など、一体何の価値がありましょうか。これではまるで猿回しの猿のようです。昔はあれほど自分を慕っていたくせに、やはり大勢の男の肌を知ったこの身体など、触れるのも嫌だということなのだろうか…。花魁といえど、突き詰めれば単なる男娼と変わりはありません。そのような自分をやはり蔑んでいるのではないかと、やはり全く自分に触れることなくシンが帰るたびにブルーは非常に苦々しい思いに苛まれ、一人唇を噛み締めるのでした。


しかし、シンの方にも事情があったのです。

ブルーのおかげで花街を逃げ出すことが出来たジョミーは、「シャングリラ」に残してきたブルーのことを片時も忘れたことはありませんでした。しかしただの子供であるジョミーには、ブルーを遊郭から助け出すことは勿論出来ません。そのためにはとにかく財力をつけること…。それだけを目標に、ジョミーはあれからその後拾ってもらった仕事先で頑張って働き続け、ついには勤め先の店「テラ」を任せられるようになりました。その後運も手伝ってぐんぐん大成したのです。それは並大抵のことではありませんでした。沢山危ない橋も渡りましたが、全てはブルーのためだと思えば辛いことなど一つもありません。

ブルーを請け出すだけの力をつけたところで、シンは「シャングリラ」の経営者であるグランドマザーに話をつけに来たのですが、所有する遊郭一の稼ぎ頭の花魁であるブルーをグランドマザーがそうおいそれと手放すわけがありません。身請け話は難航していたのです。ブルーを請け出すに当たって、グランドマザーは沢山の条件を出してきました。法外な身代金、その他に多方面にシンの力で便宜を図ること。それらの準備を整えるのには時間が多少必要でした。しかし、シンは「シャングリラ」と話をつけているその間にブルーが他の客の指名を受けることが我慢できませんでした。ですので、ブルーの身請け話が進められている間に、シンは新しい客として花魁としてのブルーの馴染み客となり、他の客を退ける一方でブルーを指名する必要があったのです。

かといって、遊郭の座敷でブルーを抱くことだけはシンはどうしてもしたくありませんでした。花魁であるブルーが男を知らぬ身体でないことはもはや仕方の無いことです。しかし、他の客が何人もブルーを組み敷いたであろう、その同じ座敷でブルーに触れることだけは我慢ならなかったのです。それに、ブルーの身請けはほぼ本決まりとはいえ、きちんと遊郭側と話をつけるまでは、ブルーに余計な期待を持たせたくはありませんでした。ですのでシンはどうすることも出来ず、壊れ物を扱うようにブルーを扱いながら、あまり馴れ馴れしくしないように自制していたのです。身請けが成立する日はもうすぐそこです。それまで、シンは必死に自らの想いを抑えておりました。


しかしそのようなシンの裏事情を知らないブルーは煮詰まる一方です。「アルタミラ一の高嶺の花」と謳われたブルーですが、全く自分を求めてこない初めての男に焦燥感は募るばかり。


ある夜シンがいつものように「青の間」を訪れた折、シンは繊細な細工を施してある簪をブルーへと持参しました。飾りに翡翠があしらわれています。まるでシンの瞳の色のようでした。

「また何故こんなものを僕に持って来たんだい」
「単なる気まぐれと思っていただいても構いませんよ。気に入って頂けたのなら、是非つけてみてください」
「どうせなら君がつけてくれ」

どうした風の吹き回しか、ブルーはシンに要求しました。ブルーに何を言われても蛙の面になんとやら、のらりくらりとかわすシンに、ブルーの口の聞き方も憮然としたものになってきています。シンは片眉を少しだけ上げると、ブルーの方ににじり寄って、ブルーから手渡された簪を慎重にブルーの髪に挿しました。じっとしたままブルーがシンを前髪の下から見上げると、シンは目を細めて優しい手つきでブルーの髪を撫でています。ブルーははっとしました。それは、まだ自分の身の回りの世話をしてくれていた禿時代の幼いジョミーを彷彿とさせました。ジョミーはブルーの紅い目ばかりでなくその銀色の髪も大層お気に入りで、そうしてブルーの髪を弄ぶのがとても好きだったのです。まるで宝物のようにブルーの髪をそっと梳くその仕草に、ブルーの昔の記憶はいっそ色鮮やかに蘇ります。そうして、自分をひたむきに慕ってくれていたあのジョミーを想い、そして目の前のつれない青年を見、ブルーの中で何かがブツリと切れました。シンの意図が全く分からないブルーの我慢ももう限界だったのです。

髪を優しく撫で続けるシンの腕を、細く白い手が掴みます。何事かとブルーを見るシンに構わず、ブルーはそのままシンを畳の上に押し倒すと、その上にのしかかりました。

「いい加減、僕を抱いたらどうだい…?君はそのためにここに来ているのじゃないのか。代金は貰っているのだから、僕を好きなようにすればいい」

自ら着物の襟を見せ付けるように肌蹴、シンの耳朶を甘噛みしながらブルーはシンに囁きました。どのようにすれば男の心を捕えることができるのか、ブルーは知り尽くしていました。ですので、このように自ら男に迫ったことなどブルーはただの一度もありません。しかし、もうブルーは持ちうる矜持の全てを投げ捨てて、シンを誘惑して床入れに持ち込むつもりだったのです。一体何を考えているのか知らないが、シンだって一皮剥けば自分を弄ぶ他の男達と変わりは無い筈です。むしろブルーはそんな汚いシンの姿を見てみたかったのです。そうすることで、いつまでも昔の淡い恋の思い出にしがみついている惨めな自分を捨て去ってしまえるような気がしました。一度でも自分を抱けば、この男だって欲望に取り付かれ、自分をただの一人の男娼として扱うようになる筈。どのみちブルーは花魁。どうせ一人前の人間としては扱ってもらえないのですから、いっそのことそのほうがブルーにとっても楽だったのです。

しかし、意外なことにシンはブルーの誘いには全く乗ってきませんでした。反応のないシンに、ブルーが顔を上げてシンの様子を伺うと、シンは冷静な表情でブルーを見上げています。その瞳には、どこか同情の色すら滲んでいるかのようにブルーには思えました。

「やめてください。僕は別に貴方にそんなことを求めてはいませんよ」

シンが求めていたのは、一人の花魁ではなく、ブルーという一人の人間でした。ここで流されてブルーを抱いてしまうことだけはしたくはありません。シンは持ちうる全ての忍耐力を振り絞って、自らを抑えていたのです。ですので、シンも余裕がなく、いつものように軽くブルーをあしらうことが出来ませんでした。ですが、シンには全くそんなつもりはなくともシンのその物言いはブルーを深く傷つけました。

(『そんなこと』だと??誰もが目の色を買えて欲しがるであろうこの自分が、初めて自ら誘っているというのに『そんなこと』などと鼻であしらうのか、この男は!一体僕をどこまで虚仮にすれば気が済むんだ…!!)

バシャ!

そのような侮辱を受けたのは、花魁人生で初めてのことです。。思わずブルーは酒の杯を引っ掴み、その中身をシンに向かってぶちまけておりました。シンが特別な上客であるという事実など、全くブルーの意識から抜け落ちていたのです。

酒をぶちまけられたシンはしばらく押し黙っていましたが、いきなりブルーの細い手首を掴むと、物凄い力で逆に畳の上へと組み伏せました。今まで完璧に礼節を保っていたシンの瞳が、今まで見たことのない色で染まっています。ブルーは恐怖を覚えました。が、この勢いで流されてしまえば願ったり叶ったりです。ブルーはこのまま犯されて自分の中の葛藤を洗い流してしまいたいと思っていたのです。しかし、シンはブルーの願ったような行動には出ませんでした。シンはブルーを押さえ込んだまま、押し殺した声で言うのです。

「…あまり僕を怒らせないほうがいいですよ。貴方に何をしてしまうか分かりませんから…」

そして、ブルーを押さえつけたのと同じくらい唐突に起き上がると、適当に身支度を整えて座敷を出て行ってしまったのです。

「もうお帰りですか、旦那様」
「ああ。悪いが、車を呼んでくれないか…」

遠くから聞こえるやりとりに、取り残されたブルーはしばしあっけに取られ…そして逆上しました。花魁としても、一人の人間としても、プライドはズタズタです。ブルーの捨て身の作戦にも手を出さなかったシンに、ブルーは激怒します。一晩中ブルーは眠ることが出来ませんでした。翌日の夜にシンが来たら、一体今度は何を言ってやろうかと、そればかり一晩中考えておりました。シンが客であることや花魁という自分の立場など、怒りのあまりすっかり忘却の彼方です。

しかし、なんとその翌日の夜、シンは「シャングリラ」を訪れませんでした。シンの顔など見たくもない、ただ一目顔を見て罵声を浴びせかけてやらなければ気がすまないだけだ、と自らに言い訳しながら葛藤していたブルーですが、何度も何度も店の者にシンは来たかと聞いてしまうのです。なのに、一晩中待ち続けても結局シンは来ませんでした。他の客の指名でもあれば気も紛れたでありましょうが、生憎とシンが既に手を回し済みなので当然他の客など誰も来ません。どうせ抱いてすらもらえないのであれば、逆にもっと着飾って見せ付けてやれと、シンから貰った着物や簪を身に着けて待ち続けていたのですが、アテが外れ、貰った簪を壁に叩きつけてしまいました。床に転がった簪の翡翠が、更にシンの目の色を思い出させ、ブルーの心は更にざわつきます。

昔はあんなことを言っていても、やはり大人になってものの見方が変わり、花魁という職業を理解して、自分のことなど軽蔑しているのだろうかなどと色々考えてしまうのです。そもそも遊郭に勤める者にとって、恋愛などご法度です。それなのに、あんな子供に心を捕らわれてしまった上に、こんなに長い間生娘のようなばかげた夢を見続けてしまった自分が許せなく、色んな気持ちがない交ぜになって悔し涙をぼろぼろ零しながら泣き疲れて寝てしまいました。

夢の中では、まだ子供のジョミーの姿が現れました。最後に格子窓越しに見たジョミーの泣き顔です。

「ブルー…いつか、いつかきっと貴方を迎えに来ます!待ってて…っ」

ジョミー、愛してる。二度と会えなくても、きっと、一生…。




泣き過ぎのせいで鉛のように重い頭で目を覚ますと、なんとなくブルーの身の周りが騒然としているような気がしました。物憂げに身を起こして隣の部屋に続く襖を開けてみたところ、「シャングリラ」では見かけたことのない者達がブルーの私物などを勝手に荷物にまとめているのです。

「…何をしているんだ…?」

痛む眉間を押さえながらとりあえず状況を把握したくて声をかけてみると、ブルーの着物を畳んでいた気の良さそうな青年が振り返りました。

「ブルー様の引越しのお手伝いにあがりました。僕のことはリオと呼んでください」

「ブルー『様』」??それに僕が聞きたかったのはそういうことではないんだが…。ブルーはそう思いながらも、ひょっとしてこれは先程の夢の続きなのではないかと、その場にぼうっと突っ立ったまま、それほど多いわけでもない自分の荷物があっという間に片付けられていくのをただただ眺めておりました。ひょっとして今日からこの遊郭を追い出されるとか、そういうことなのかもしれません。そういえば自分は遊郭の上客であるシンに酷く失礼な振る舞いをしたのだった、とそのときブルーは初めてぼんやりと思いました。ここから追い出されて、路頭に迷うことは想像に難くありません。が、花街を出されたところで、生きのびる術のないブルーはいずれ同じような方法で身を立てていくより仕方が無いのです。ただ場所が小奇麗な建物の中から、薄汚れた場末の茶屋に変わるだけ…。

結局自分の身に起きていることが全くわけのわからないままにそのリオという青年に外に連れ出され、車に乗せられ、そのまま揺られ揺られてて辿り着いたところは、湖の畔に建てられているそれはそれは大きな屋敷でした。むしろ追い出されたというよりも、自分はここに売り飛ばされたのではないだろうか…。ブルーがそんなことを考えていると、そのうちに屋敷の中に通され、有無をも言わせず湯浴みさせられました。遊郭で着せられていた煌びやかな衣装とは比べものにならない程に地味な、しかしブルーがほっとするようなこざっぱりとした着物を着せられて身支度を整えられます。売られたのであればその運命に従うしかないと考えたブルーはもう誰にも何も聞こうとはしませんでした。ただ、分かったことは、この屋敷が非常に格式が高く、従って屋敷の主人も大層な大金持ちであろうということだけです。豪奢な感じはしませんでしたが、どこの柱や床も丹念に磨きこまれ、厳かな風格を漂わせておりました。

長い廊下を延々と歩かされ、連れてこられた部屋は、縁側から湖を一望できる絶景の広間でした。しかも、見事な桜の大木が、見渡す限り花を開かせて、まるで桜色の霞がかかっているかのようです。その景色のあまりの美しさに、ブルーは思わず呼吸も忘れて見入ってしまいました。ブルーが桜の花を見るのは生まれて初めてです。そういえば昔ジョミーが自分の髪を梳きながら、懐かしそうに嬉しそうに語ってくれた満開の桜の景色というのはこういうものなのだろうか、とブルーは懐かしく感傷に浸ります。結局どんなときでも、ブルーの思考はいつもジョミーに還ってゆくのです。それだけ、ジョミーはブルーの心の支えだったのですから。

と、そこに聞き覚えのある声が聞こえました。

「気に入っていただけましたか?」

まさか…。恐る恐るブルーが振り返ると、そこには優しい笑みを湛えたシンが立っておりました。今までのようなよそよそしさが全くなく、まるで別人のようです。何故彼がここにいるのでしょう。自分の捨て身の誘惑を振り切り、酒までぶちまけられた彼が、何故そんなに優しく自分に向かって微笑んでくれているのでしょう。怒ってはいないのでしょうか。ブルーは酷く混乱しました。が、シンはまるで何事もなかったかのように穏やかです。

「言ったでしょう?貴方にいつかこの景色を見せてあげるんだって」
「え…」

勿論忘れるわけなどありません。ジョミーが自分にかけてくれた暖かい言葉の全てがブルーにとっては宝物だったのですから…。その全く同じ台詞をブルーに告げるシンの姿は、確かにあのジョミーがそのまま成長した姿です。では、彼はあの子供の頃のたわいもない約束を、自分と同じようにずっと忘れないでいてくれたのか…?ブルーは内心どきりとします。そのブルーの心の動きを見透かしたかのように、シンは続けます。

「僕は貴方との約束を決して忘れたことはなかったよ、ブルー。貴方は?」
「僕は…」

ブルーにはとても言えません。シンがいきなりブルーの人生に現れてからというもの、ブルーは意地ばかり張り続けて来たのですから。

「いつか貴方を身請けするんだって、約束したでしょう?」
「身請けだって??」
「ええ」

今度こそブルーは掛け値なしに驚きました。自分を「シャングリラ」から請け出すなんて、一体どれほどの資金が動いたことでしょう。自分にはそこまでの価値はないとブルーは常々自分の身代金の額を考えるたびに思ったものです。

「グランドマザーを相手にしての駆け引きはなかなか手こずりましたよ。思ったより時間がかかってしまった。随分待たせてしまいましたね、許してくれますか?」
「…」
「これでやっと、晴れて貴方は自由の身だ」

座敷では決して自分に触れようとしなかったその手が、ブルーの手を取ります。暖かいその指に、ブルーの心はどきりと揺れました。しかし、浮つく心とは裏腹に、ブルーは顔を背けてシンの手を振り払います。

「何を今更…僕の誘いをあんなにすげなく断った癖に」

結局自分はいつもジョミーに甘えてしまうのです。他の者には決して言えない我侭を、ブルーはジョミーの前ではさらけ出してしまうのです。

「君はどうせ、花魁などに魅力を感じないのだろう?僕みたいに汚らわしい者に触れたくない、そうだろう?」

シンはそんなブルーに苦笑いを浮かべると、ブルーの背後に近寄ってそっと後ろから優しく抱きしめます。

「正式に貴方を請け出すまでは、と思って我慢していたんですよ…これでも辛かったんです、分かってください」
「いやだ…分かりたくなんて、ない」

しかしそんな意地悪を言いながらも、ブルーは逃げません。シンはブルーの髪に顔をうずめると、変わらぬ大好きなブルーの香りを胸いっぱい吸い込みました。

「貴方こそ…僕みたいな子供との約束など、とうの昔に忘れてしまった?それとも、貴方も約束を守ってくれていた?」
「…何のことだい」
「覚えているんでしょう?それとも、僕以外の男に、その唇を許してしまった?」

まさかそんなことまでシンが覚えているとは思っていなくて、あまりの不意打ちにブルーは耳たぶまで真っ赤に染まってしまいました。その様子を見ただけで、シンには勿論答えは分かってしまったのです…。

「君は一体、僕のことが欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだ」

シンの質問に答えない代わりに、ブルーはそんな言葉を返します。

「そんなの、聞くまでもないでしょう?」

優しくブルーの髪を撫でる手は、まさしくあのジョミーです。

「貴方は?僕のこと、もう…好きじゃなくなった?」
「…」
「貴方はもう自由の身になったんです。だから、もし僕のところにいたくないならどこへでも好きなところへ行ってもいいんですよ」
「…」

ブルーは更に顔を背けましたが、ぽつりと聞き取れない程のか細い声で何かを呟きました。

「いやだ…」
「え?」

あまりにも小さな声で、シンはよく聞き取れません。ブルーの声をちゃんと聞き取ろうと、後ろから抱きすくめたままシンがその口元に耳を傾けます。

「…君と、いたい…君のものに、なりたい…」

途端にぐいっとシンに身体を反転させられて引き寄せられ、思わずブルーは目を閉じます。待っていたのは、それはそれは優しい口付けでした。そう、ジョミーと引き離される前の最後の夜に交わした、子供のような優しい触れ合うだけの口付けでしたが、どれほど遊郭で客に身体を開こうとも、唇は誰にも触れさせずに守ってきたブルーです。シンの唇がブルーの唇に重ねられ、まるで男を知らぬ乙女のようにブルーの全身は震えました。唇でブルーの存在を確かめるかのように、撫でるように何度も何度も触れられては離れ、また優しく触れられ…。そのときに、ああ、彼は昔と変わらないジョミーだ、自分と昔大事な約束を交わしてくれたあの子が、ずっと変わらずに自分のことを想っていてくれたのだと、ブルーはしみじみと実感出来たのです。

「いつか貴方にこの桜を見せてあげたいと思っていた…いつか貴方をこの桜の木の下で愛してあげたいと思っていた、ブルー…」

囁くような声でシンが語りかけます…。優しい口付けは、いつしか段々と深くなり、激しいものへと変化してゆきました。離れ離れだった長い年月を埋めるかのように、シンの舌にブルーの唇がこじ開けられ、貪られてゆきます。

「ごめん、迎えに来るのが遅くなって…貴方が他の男達にいいようにされているんだと思うと、辛かった。でも、ブルー…もう、そんな思いは二度とさせないから」
「うん…君をずっと、待っていた…もう、離さないで…」

そうして、ブルーは幻想のような満開の桜の下で初めて愛し合う相手と長い長い口付けを交わしたのです…。

その夜、シンはブルーを抱こうとはしませんでした。が、一晩中、まるで宝物をいつくしむかのようにブルーを抱きしめながら、ブルーとひたすら唇を重ね続けたのです。直接身体を重ねたわけではありませんでしたが、抱かれる以上にシンに愛されていることが実感できたのです。ブルーは呼吸も出来なくなりそうなほどの幸福感に浸っておりました。ブルーの本当に求めているものを、シンは良く分かってくれていたのです。

押しも押されぬ貿易商シンとその世にも美しい伴侶ブルーは、お互いに晴れて自由の身として、末永く幸せに暮らしたということです。

めでたしめでたし☆
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